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【ユア・ブラッド・マイン】〜凍てついた夏の記憶〜
皐月の雹4
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には届かない。あるいは彼女自身の耳にも届いていないのではないかと思えるほどの、囁きだった。
 しかし詠唱に必要なのは言葉と術式の適合であり、それの条件をクリアすれば大声小声など何の関係もない。

 瞬間、彼女の全身に異変が起きた。青白い光が虚空から湧き出て収束し、彼女の肢体にまとわりつき、全身に広がってゆく。僅か数秒だろうか、突如光を破って姿を現した八千夜を見た周囲は、絶句した。

 美しい髪は黒ではなく美しい金に染まり、口の八重歯は二倍ほどに肥大化。作り物だった筈のカチューシャの耳が完全に金の毛並みの獣の耳として体と一体化し、バニースーツのように覆っていた魔鉄の装甲はへそが露出している以外は全て獣の毛へと変貌。尾もまた完全に獣のそれへと変貌していた。
 さらに、両手と両足もライオンなどのネコ科肉食獣を思わせる形状に変貌。その両手からは鉤爪のような鋭い爪が殺意むき出しで展開されている。

 それは、見事なまでの「獣化」だった。

 変身型鉄脈術。鉄脈術のなかでも特異な、自らの姿を別のものへと変貌させる術。

 それは余りにも野生的で、趣味的で、煽情的で――何故かとても、美しかった。

 彼女は変身を遂げたというのにその場から動かずに上を見上げている。そこには空がある。先ほどまでは晴天だったが、古芥子姉妹の術による氷の融解とリック先生の振り上げで上昇気流が発生し、僅かに雲が出来ていた。

 あまりにも静かな時間数秒か、数十秒か――先に動いたのは、静から突然動に移った八千夜。ゆっくりとリック先生を振り向いた瞬間、肉食獣の瞳が見開かれ、弾かれるように先生へと接近し――。

「えっ――」

 人体を容易に切断できるであろう鋭い爪を、何の躊躇いもなく振り下ろした。
 しかし既に反応している先生は顔色一つ変えず鉄塊のような魔鉄器で受け止める。

「――聞いた通りだな。変身して獣化すると戦闘衝動が抑えきれず、近くにいる男を優先して攻撃する」
「ああ、ああ――はしたない女とお笑いください。でも、でも、この爪も牙もどうしようもなく……血を欲してしまうのですッ!!」

 ギチギチと金属の擦れ合う異音を響き渡らせながら、リック先生の言葉に対して興奮状態の八千夜は頬を紅潮させて叫ぶ。『歪む世界』に一体何を見、そして感じたのか。既に彼女は暴力に憑り付かれていた。
 獣のようにしなやかに身をひねって背後に跳躍した八千夜は、両手の爪を広げて疾走。がりがりと地面を魔鉄の爪で削りながら掬い上げ、叩き下ろし、横薙ぎなどを蹴りや尻尾での殴打を交えながら縦横無尽に攻撃を繰り広げる。あまりに攻撃の鋭さに真空刃が発生し、リック先生の周囲の地面は瞬く間にずたずたに切り裂かれ、めくれ上がっていく。

「えっ……あのさ。あれ、殺そうと……してる、よね
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