凍てついた夏
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アスファルトの道路を踏み締める。
しかと踏み締めた筈なのに、しかし言い知れない違和感のようなものがあった。足とアスファルトの間に歯がゆいほど半端な何かがあるような、言語にて説明することが困難な何か。擦り硝子を通して演劇を眺めているような、雑音交じりの名曲を聴いているような、そんな、気持ちの悪さ。
意識が左右にゆれる。揺れるだけで消えても遠ざかってもいないのが、また気持ち悪い。ただ、ずれている。どこか些細な、しかし決定的に、現実と認識の狭間に差異が発生している。そのことを脳は気付いているのに、理性と直結してくれない。
ああ――今日はひどく寒い。
皆あんなにも薄着で汗を垂らしている。当たり前だ。今は夏だ、8月だ。日本の最も暑い季節で、冷房が生活必需品に数えられる環境下だ。なのに、長袖のシャツに袖を通し、長いズボンで足を多い、手袋までしているのに汗が流れないのはどうしてだ。どうして、こんなにも寒い。
刺すような太陽の光がどれほど体を照らしても、体の芯が震えている。吸い込む息は肺を温めることなく、吐きだす息が真っ白に煙る。薬物を過剰摂取した中毒患者にでもなった気分だった。街の温度計が37度を指し示してることに、諦観にも似た真っ白な吐息が零れた。
寒い。寒い。足が縺れ、地面に体が投げ出されても尚寒い。
快晴と呼ばれる炎天下の直射日光に容赦なく焼かれた硬い大地の表面温度は、長時間素肌を接触させていればその熱で蛋白質を収縮、硬化させ、俗に火傷と呼ばれる症状を引き起こすだろう。それはつまり、人間の指が触れ続けるには余りにも熱すぎる事を意味している。
しかし、何も感じなかった。
否、触れた場所から温度が消えていく。
周囲がざわめき、助け起こそうとする。大きな声で何かを聞かれるが、もうその声がどのような発音なのかさえ耳が認識してくれない。意識はあるのに、気持ち悪さが、ずれだけが加速して酩酊したように自由に体が動かなかった。
どこかから人の声ではない、サイレンのような規則的な音が響く中――氷のように冷たいペットボトルで患部を冷やされながら日陰より見上げた空は、雪をたらふくこさえた曇天のように濁って見える。
夏の雪原。
猛暑の吹雪。
致命的に現実と認識が乖離していくなか、感じるのは疑問でも苦悶でもない。
この星はいつから氷河期を再開させたのだろう。
一体何を掴めば、どこへ赴けばこの凍えは収まるのだろう。
ああ――寒い。ただひたすらに、寒かった。
= =
その少年が病院に運ばれてきたのは、8月初旬。
日本列島がうだるような暑さに包まれるなかでの事だった。
患者は、顔色が蒼白な中学生ほどの少年だった。
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