第一章
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癖盗み
福本豊は阪急ブレーブスに入団してからその俊足を買われて監督である西本幸雄に起用されだしていた、西本は彼によくこう言った。
「ええか、塁に出たらや」
「盗塁ですか」
「そや、御前は足が速い」
その俊足のことを言うのだった。
「それで一気に走ってや」
「次の塁に進めばええですか」
「失敗を恐れることはない」
西本は福本にこうも言った。
「どんどん走れ、そして盗塁の為にや」
「色々と勉強も必要ですか」
「どうして走ったらええか、そもそも塁に出るにはどうすればいいか」
盗塁をするにはまず出塁しなければならない、西本は福本にそのことから話すことも忘れていなかった。
「そうしたことまでや」
「考えて盗塁をしていくことですか」
「そや、色々やってもらうで」
西本は福本に実際に色々と教えてそうしてだった、彼を起用していった。福本もそれに応えて出塁することから考え練習をし肝心の盗塁のこともだった。
熱心に考えていった、その際自分の盗塁のことだけでなく相手チームのバッテリーのことも研究して盗塁していった。
努力は実り福本は年間盗塁記録、それも世界記録を達成するまでの盗塁数を記録しての盗塁王になった。それも連続してだ、だがその中で。
福本は難しい顔になってだ、西本にこんなことを言った。
「わし心残りがありますねん」
「どないしたんや」
「シリーズで負けましたし」
球界を私物化しそのおぞましい独裁で蝕み戦後日本のモラルの崩壊の象徴とさえなっていた巨人に負けてだ、福本にとってだけでなく巨人打倒を誓っている阪急そして西本にとっても痛恨のことである。
しかしだ、それだけではないとだ。福本は言うのだった。
「わし盗塁王になりましたけど」
「もっと記録伸ばしたかったか」
「というか二人からだけは盗塁出来ませんでしたから」
「二人？そういえば御前近鉄との試合ではあまり走れてないな」
ここで西本も気付いた、監督として福本のそうしたことに気付いていたのだ。
「あの二人か」
「はい、あの二人です」
お互いに名前は言わなかったがお互いすぐにわかった、近鉄の左ピッチャーである鈴木啓示と神部年男だ。二人共左ピッチャーだけに一塁側を容易に観ることが出来るうえに牽制球が上手い。それにだ。
「癖が全くないですさかい」
「それでやな」
「中々盗塁出来ません」
「あの二人は確かに癖がないな」
西本から見てもだ、特に鈴木は近鉄のエースで西本にとっては攻略は何としてもしておきたい相手だ。
二塁にランナーが進めばヒット一本で一点だ、そしてその一点が決勝点になる試合や試合の流れを決める場合もある、それで西本も言った。
「是非そこは何とかしてもらわんとな」
「そう思いますさかい」
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