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逆さの砂時計
純粋なお遊び
合縁奇縁のコンサート 15
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漢達(おとこたち)の背中は、初めから不利だと判っている戦に挑む勇猛果敢な戦士のそれに似ていて。

 「……ありがとうございます」

 (プリシラ)は、そんな彼らの背中に深く腰を折って敬意を示した。
 約十秒後、薬を飲み下した騎士達も「こちらこそ」と軽く頭を下げ、各々の食事を始める。
 子供達の賑やかな声が遠ざかる中、自分達で食べてみて本当に大丈夫だと安心したのか、匙を動かす度に、隠し切れていなかった警戒感が少しずつ和らいでいく。
 頃合いを見計らっていたプリシラも、柔らかな微笑を浮かべるまでに回復した騎士達へ
 「私は用事がございますので、此処で退席させていただきます。護衛はベルヘンス卿にお願いしてありますから、皆様はひとまず食事を続けてください」
 と告げ、一人で食堂を後にした。



 燭台の明かりがぽつぽつと照らし出す薄暗い廊下を、突き当たりへ向かって真っ直ぐに歩いて行くプリシラ。その周辺には、ベルヘンス卿どころか人っ子一人控えていない。
 自身の管轄下に在る建物内であっても、要職に就いている者が一人で行動するなどありえない。中央教会の内部でさえ、複数の視線に晒しているか、補佐を横に貼り付けて身を護るのが常だ。
 護衛が居ない状態での移動は、己の命を(ドブ)へ投げ棄てているも同然の愚行。
 だがプリシラは、護衛に指名した筈のベルヘンス卿が現れない事実を当たり前に無視して、静まり返っている廊下を無言で進む。

 「あら」

 ぴたりと足を止めたのは、窓を開けておいてと手紙に記した部屋の、少しだけ開いた扉の手前。隙間から冷えた夜の風が流れ込んでいる。
 斜めに影を落とす絨毯をじっと見つめ
 「……偏見って、恐ろしいものね」
 小さく笑う。
 そして、徐に扉を開き
 「人手は必要かしら?」
 何でもない事のように声を掛けた。

 真っ黒な室内に差し込む光。
 輪郭を得た、部屋の片隅で(うずくま)っている小さな人影と、不自然に傾いて今にも倒れそうになっている大きな人影と、その頭部から足裏を離した直後と思われる姿勢で宙を(ひるがえ)っている一際小さな人影。
 「あ、ぷりしらさまー!」
 一拍後華麗に着地を決めた人影が、吹っ飛んで倒れた人影を放置してプリシラへ走り寄り、光の下に愛らしい笑顔を浮かび上がらせた。

 「ぶじ、おしごとかんりょーですっ!」

 少女は左手の指先をピンと伸ばして自身の胸に当て、右手でスカートを摘まみ、社交界でも通用する完璧な淑女の礼を執る。
 対するプリシラも満足気に頷き

 「お疲れ様、ミネット」

 人知れず繰り広げられていた世にも奇妙な光景の主人公へ、労いの言葉を贈った。


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