第六十三話 再起
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一体どれほどの時が流れただろうか。
石になった肉体はほんの僅かに動く事さえ叶わず、しかし心までは石にならなかったこの日々はアベルにとって苦痛以外の何物でもなかった。しかし、世界を認識できた事は彼にとってはほんの僅かな救いだったのかもしれない。
ただの石像として世界を見つめ続ける事こそが彼の心を繋ぎ止める楔となっていた。
デモンズタワーでの戦いでゲマにより石化されて以降、彼は光の教団の御利益がある石像として売り出されていた。もちろんそんなはずはない。光の教団達が信者や資金源を確保する為の嘘八百に過ぎなかった。
しかしそれでも信じるものはおり、とある富豪によってアベルは購入される事となる。
屋敷の中庭に飾られた彼を、富豪は大変満足そうな顔をして見ていた。
「こんなに立派な石像なんだ。きっと私達を守ってくれるに違いない」
その富豪には妻と子供、召使とペットがいて温かな日常を過ごしていた。
そう、かつても彼にはあったものだ。妻も、子供も、従者も。本当は何一つ欠ける事なく存在していたはずだった。あんな悲劇さえ無ければ、彼だって同じ温かさが手にあったはずなのだ。
だが石になったこの体は何一つ感じず、心は引き裂かれてしまいそうな渇望と慨嘆に襲われる。目の前に繰り広げられている幸せに自分の現状を容赦無く直視させられて心が砕かれそうになるが、その目の前の温かさによって彼自身もかろうじて救われていた。
ジージョというその富豪の子は何一つ不自由なく、周りからの愛情を受けすくすくと育っていった。
それを見るたびに我が子達の事を思い出しつつも、自分も「御神体」としてジージョを見守り続ける事が石となった彼に出来る唯一の事だった。
しかし、彼に降りかかる運命はそんな僅かな救いすらも容赦無く打ち砕く。
ある日光の教団の空を飛ぶ魔物によって、ジージョが連れ去られてしまったのである。目の前で繰り広げられている悲劇を何とか止めようとしたが、石の肉体は悲劇を止めようとする事も悲劇から目を逸らす事も彼には許さなかった。
ジージョは連れ去られたやり場のない怒りと悲しみを、富豪は何の役にも立たなかった彼に杖による打撃という形でぶつけた。彼の体は今は石なのだから何の痛痒も感じなかったが、自らの無力に対する慨嘆、理不尽な運命に対する忿怒、何も守る事ができなかった事への罪悪感、そして僅かな救いすら砕かれたことに対しての悲しみが、彼の心を溶かし、蝕み、崩し、引き裂いた。
そして庭の片隅に打ち捨てられ、雨に打たれ、風に吹かれているうちに彼の心もまた何も感じることのない石のように変わりつつあった。
それから更に幾度となく朝が来て夜が来て、季節は移り変わり、夥しい日数が流れた。
*
私達は今ブルジオさんという富豪の屋敷に向かっている。
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