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或る皇国将校の回想録
第四部五将家の戦争
第六十九話来訪者は告げる
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「お言葉ですが今回はそれなりに勝算を用意しないとならないのは我々も同じであるという事です。なにしろ来春には皇龍道が主攻正面になる事は自明の理ですから、我々も内王道の戦力が健在でなければ困るのです」
 なるほど、それも道理であると豊守はうなずいて駒州閥の代表者として謝意を示した。
「分かりました――護州公子閣下の判断に敬意を」
 ここまでであれば重大な事ではあるが通例からは外れない――だが今回は飛び切りの爆弾がのんびりと出された茶を飲んでいるのである。
「――それで青山警視正の用件はまだ私も詳しくは聞いていないが?」
周囲の視線に押された理事官が恐る恐る尋ねる。
「今の話にもかかわってくるものです。外務省の〈大協約〉に詳しい者達と高等部で動いている話ですが――」



同日 午後第五刻 芳州 州都美門 芳州鉱業会館 芳峰家当主執務室
弓月家代表 弓月茜


「吉峰閣下、お久しぶりです。お招きいただきありがとうございます」
 弓月茜は深々と頭を下げた。常の儀礼的な“娘の外交”からさらに踏み込まんと父である弓月由房伯爵に申し出たのである。
 とはいえ由房が最初に振った仕事はそれほど困難なものではなく、信頼できる相手に任せられるものであった。
「何、他人行儀な真似は必要ないとも、義理の妹をもてなすのは当然の事さ」
 吉峰雅永の妻は茜の姉であり、子爵は茜の義理の兄にあたる。
どこか世慣れしていない学徒のような顔つきであるが三十半ばにしてかなりの資産を市場に投じており大店の旦那であれば知らぬものはいないであろうとまでいわれており、貴族というよりも経営者としての名声を勝ち取らんとしている男だ。

「ありがとうございます――立派なものですね」
 この練石造りの鉱業会館は元は芳峰家の政務館の跡地を売却して作られたものである、現在もこの会館の建設費用の三割を出資した芳峰家が州都の拠点として大いに活用している。
 この執務室の机の上には結構な大きさの模型が存在感を放っている。模型の周囲にはあれこれと書き込んだ付箋が幾重にも貼られている。当主がこれほどに関心を払っている事がよくわかる。
「両替商から借入をして建造しているものだ。まだ出納の帳面を思い浮かべれば自慢できるような気持にはなれないさ」
 雅永はそういいながらも口もとを緩めている。当主として責務をこなすようになってから随一の大仕事である。完遂の目途が立ったとなれば確かにうれしいものだろう。
「返す当ては十二分にあるでしょう?」

「戦争に勝てればね」「承知しております」
 とはいえ、敵がついに山の向こうに来ているとなれば兵馬には一切かかわらぬ領主であっても思うところはあるようだ。
「その為にも増設を進めているのだよ、より質の良い鉄を、より多くの鉄を、とね」

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