第三章
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「あの英雄が大軍を率いているのだからな」
「では降伏しますか」
「そしてイギリスとの交易を止めますか」
「フランスの軍門に降りますか」
「それもしたくない、私はローマ皇帝なのだ」
東ローマ帝国の後継者であるロシア帝国の皇帝としてだ、皇帝はここでもこう言った。若々しく知的な美貌を見せる顔には今は知性よりも覇気があった。
「フランス皇帝がローマ皇帝にならんとしようとも」
「退く訳にはいかない」
「そう言われますか」
「戦う」
これが皇帝の決断だった、それで廷臣達は皇帝の決意を聞いて彼に言った。
「ではです」
「ミハイル=クトゥーゾフ将軍です」
「あの方にご出馬願いましょう」
「遂に時が来ました」
「わかった」
皇帝は嫌悪をその顔から必死に消してそのうえで廷臣達に応えた、そうしてロシア軍の軍服を着た白髪の太った老人を呼んだ。見れば右目には光がない。
その彼にだ、皇帝は告げた。
「卿にこの度のフランスとの戦争を任せたい」
「有り難きお言葉。さすればすぐに」
「大軍を率いて向かうか」
「いえ、退きましょう」
その将軍クトゥーゾフは皇帝に太いが年齢を感じさせる低い声で答えた。
「そうしましょう」
「退くというのか」
「勝てる相手ではありません」
ナポレオンが率いて攻め寄せて来ている大軍はというのだ。
「ですから」
「退くというのか」
「はい」
その通りだというのだ。
「東へ」
「軍を東に逃がしていくのか」
「そうしていきましょう」
「退くだけでいいのか」
皇帝はクトゥーゾフの言葉に顔を顰めさせて問い返した。
「軍を」
「はい、フランス軍が攻めて来ればです」
即ち大陸軍がというのだ。
「退けばいいのです」
「そうしていくのか」
「ただひたすら」
「戦場で戦わないのか」
皇帝はクトゥーゾフに再び問い返した。
「そして勝たないのか」
「ですから戦おうともです」
「勝てる相手ではないというのか」
「それでは戦っても無駄です」
「だからか」
「退くのです」
「言っている意味がわからない、逃げてどうするのだ」
それで勝てる筈がない、皇帝はクトゥーゾフに言った。だがもう彼に任せることにしたし廷臣や軍、民達の彼への人気もあった。それでだった。
皇帝はクトゥーゾフに軍の指揮を任せた、すると彼は実際に軍を東に東にと退けさせるだけだった。食料や他の物資を持ってひたすらだ。
ナポレオンはひたすら攻めて来る、この事態に皇帝は戦線にいるといっても軍を退かせるだけのクトゥーゾフについて言った。
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