620部分:第三十五話 葬送行進曲その十九
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第三十五話 葬送行進曲その十九
その暗く静まり返った席の中でだ。王はコジマに話すのだった。
「私の為に。この儀式を」
「マイスターがですか」
「そのことは御聞きになっていませんね」
「マイスターはよく仰っていました」
王の今の言葉はコジマには理解できないものだった。だがそれでもだ。ワーグナーの言葉を思い出しこう王に話したのである。
「陛下はパルジファルだと」
「そうですね。パルジファルは私自身なのです」
「ではこの作品は」
「はい、私自身です」
また王は言った。そうしてだ。
そのうえでだった。その幕を見つつこんなことも話したのである。
「そうなのです。そして私が聖杯城に入る儀式なのです」
「そうしたものだと仰るのですか」
「その通りです。では」
「それではですか」
「この劇を楽しませてもらいます」
王は微笑み続けながらこの言葉も出した。
「この儀式を」
「歌劇であって儀式である」
「マタイ受難曲がありますが」
バッハの代表作だ。劇であるが宗教曲であるものだ。
「それとはまた違いです」
「歌劇と儀式を完全に一つにした」
「ワーグナーはそうしたのです」
王は言った。そうしてだった。
第二幕が開くのを待つ。幕が開くと。
妖美な城が姿を現す。だがそこは王のいる場所ではない。王はそのことは観ていてわかった。
「美はありますが空虚ですね」
「今の城はですね」
「はい、空虚です」
そこにまたパルジファルが現われる、王がだ。そして花の乙女達に囲まれる。だがそれもまただった。王にとってはどうだったかというと。
「これもまたですね」
「空虚ですか」
「彼女達は虚構です」
それに過ぎないというのだ。
「何でもありません」
「よくおわかりですね」
「パルジファルは乙女達には惑わされません」
「では何に惹かれるのでしょう」
「真実です」
それこそがだというのだ。
「真実にこそです。彼は」
「そして陛下は」
「そうです。それが間も無く現れます」
王は既に知っていた。そのことを。
「クンドリーが」
「そして接吻がですね」
「出会いです」
また自分自身のことを話すのだった。
「その出会いが待っています」
「接吻がまさにですか」
「そうなのです。クンドリーが与える接吻が」
しかしだった。ここでなのだった。
王はこんなことをだ。ふと漏らしたのである。
「ですが私は女性は」
「接吻もですか」
「女性的なものによる救済。それは接吻ではなく」
では何だったかというのだ。
「出会いだったのですから」
「出会い、ですか」
「ローエングリンと出会えたこと、そのことが」
まさにだ。それこそが王にとっての出会いだった。
その出会いを思い出し
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