606部分:第三十五話 葬送行進曲その五
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第三十五話 葬送行進曲その五
滅多に足を踏み入れることがなくなっていた。このことに首相のルッツは危惧を覚えていた。そして彼の側近達にこう漏らすのだった。
「あまりにも異様だ」
「陛下ですか」
「あの方のことですね」
「これまでもそうしたところはあられた」
王の人間嫌いと彼から見た奇行はだというのだ。
「しかし近頃はだ」
「そうですね。全くお姿を見せられなくなりましたし」
「しかもミュンヘンにも戻られません」
「宮廷でも御会いできる方はおられないのですね」
「アルプスの城に篭もっておられるとか」
「そしてたまに戻られれば」
ミュンヘンに戻ってもだというのだ。
「御一人での観劇ばかりです」
「浪費だけが増えています」
「この状況はあまりにも」
「危うい。陛下は本当におかしくなられたのか」
ルッツは本気でこう危惧していた。
そしてその顔に憂慮を浮かべてだ。周囲に言うのだった。
「政務も見られないのではだ」
「バイエルン自体が危ういですね」
「国家元首である陛下がそれでは」
「国王とは何か」
ルッツは進歩的な見方からそのことについて言及した。
「それは機関なのだ」
「国家を統治する為の機関の一つですね」
「それですね」
「そうなのだ。機関なのだ」
国家元首という機関だと。首相として述べるのだった。
「私も然りだが」
「その国家の最も重要な機関である国王が政務を見られない」
「そのこと自体がですね」
「危険だ。このままでは駄目だ」
焦りもあった。ルッツの今の顔には。
「どうにかしなければな」
「しかし陛下にお話をするのも困難です」
侍従の一人がこう言ってきた。
「何しろアルプスにおられるのですから」
「ノイシュバンシュタインやヘーレンキムゼーに」
「あの城達にかけた浪費も相当なものだ」
現在形でだ。ルッツは危惧を覚えていた。
「そしてさらにだと仰っているしな」
「そうですね。プロイセンからの援助もあり何とか危機を凌げそうですが」
「ですが陛下はまた築城を主張されています」
「そのことが通れば」
「バイエルンの財政は確実に破綻する」
ルッツは唇を噛み締めた。
「このままではだ」
「一体どうすればいいでしょうか」
「この状況は」
「考えたくはないが」
そう言ってもだった。ルッツは言うしかなかった。
「あの方にだ」
「退位ですか」
「それをですね」
「そうだ。そうして頂くしかないのか」
最後の手段をだ。彼は口にしたのである。
「最早だ」
「しかしそれはです」
「やはり」
「わかっている、私もな」
ルッツもだ。こう返した。
そして沈痛そのものの顔でだ。こう言うのだった。
「ああしたことは頻繁に起こるものではない」
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