6部分:前奏曲その六
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前奏曲その六
「あの騎士は。誰なの?」
「あの騎士はですね」
「うん、誰なの?」
「ローエングリンといいます」
乳母はその騎士の名前を話した。
「白鳥の騎士です」
「白鳥の?」
「はい、ブラバントにおいて姫の窮地を救う為に遣わされた騎士なのです」
「そうなの。あの人が」
「左様です。姫の為に剣を振るう騎士なのです」
「あの人が」
彼はその騎士を見続けていた。そうして言うのだった。
「凄く」
「凄く?」
「凛々しい」
そうだというのだ。
「あんな人が現実にいてくれたら」
「そうですね。そして」
乳母はだ。ただこう言っただけだった。
「殿下を御護り頂ければ」
「僕を」
「はい、あの姫と同じく」
ここでだった。彼はその姫と己を重ね合わせてしまった。心の中で無意識にだ。そうしてしまったのだ。幼いその心の中でだ。
「そうして頂ければ」
「僕を」
また言う太子だった。
「そうしてくれたら」
「婆やは嬉しく思います」
こう言う乳母は深いものは考えていなかった。だがこのこともだ。
彼の心に残った。そうして言うのだった。
「僕は。この人を」
彼の中に次第に残っていった。そうしてであった。
時代は動く。バイエルンでもだ。
革命が起こった。王は止むを得なく退位した。そうしてだ。
太子が王になった。そして王孫もだ。
「そなたは今から太子だ」
「太子?」
「そう、次の王になる者になったのだ」
こうその父王に告げられたのだ。
「このことをわかっておくようにな」
「僕が王に」
「その為にだ」
「その為に?」
「家庭教師を選んだ」
そうだと。我が子に告げる彼だった。
「いいな、それがこの者だ」
「はじめまして」
すらりとした長身の男が一礼してきた。きびきびとした動作であり姿勢が実にいい。顔立ちは引き締まり目の光も強い。まるで彫刻の様に整っている。その彼が名乗ってきた。
「テオドーラ=バスレ=ド=ラ=ローゼです」
「ええと」
「ローゼとお呼び下さい」
その名前を言い切れない太子になった彼に告げてきた。見ればその顔は整っているが老いが少し迫っている。初老の顔だった。
そしてだ。彼はこうも言ってきた。
「これから殿下の家庭教師を務めさせてもらいます」
「彼はフランスの軍人だ」
そうだと話す王だった。
「だったと言うべきだな」
「軍人?」
「そなたを厳しく教育してくれるぞ」
「では殿下」
ローゼからの言葉だった。
「今から」
「うん。じゃあ」
こうして太子は王となる者の歩みをはじめたのだった。
全てははじまった。しかしそれはだ。同時に終わりに向かうものでもあった。
プレリュード 完
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