585部分:第三十四話 夜と霧とその八
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第三十四話 夜と霧とその八
「あの世界のことを」
「そうですね。私を理解して頂けるのなら」
「感じました。ですが」
「私はもう暫くこの世界に残る様です」
微笑みだ。それはそうなると話す王だった。
「私の果たすべきことを果たしてから」
「ですが私は」
「私にこの世に残って欲しいですか」
「そう思います」
あの世界の玉座のことを考えてもだ。そうなのだった。
「願わくば」
「それが運命だとしても」
「貴方にはより多くのことを果たしてもらいたいのです」
「だからですか」
「残って下さい」
皇后の今の言葉は切実なものだった。
「最後の最後まで」
「それはできるだけ長くですね」
「そう願います」
こう話す。するとだった。
皇后はだ。今度はこんなことを言った。
「そういえばバイロイトに行かれたそうですね」
「そのことですか」
「はい、如何だったでしょうか」
「見事でした」
満ち足りた顔になりだ。王は皇后のその問いに答えた。
「やはりワーグナーはいいものです」
「そうですか。満足されたのですね」
「久し振りにですが」
そうなったというのだ。王の満足している顔が続く。
「私が満ち足りた気持ちになれたのは」
「そうですか。それは何よりです」
「指輪が終わりました」
ワーグナーのだ。それがだというのだ。
「二十年以上もかけて作られたあの作品が遂にです」
「そしてそれを完成させる助けになったのが」
「私です」
このことにだ。王は満足していたのだ。
「私が彼と出会わなければあの作品は完成されたなかったです」
「そして他の作品もですね」
「そうですね。トリスタンもマイスタージンガーも」
そしてだった。
「パルジファルも」
「あの人の最後の作品ですね」
「そうです、あの作品もやがて完成します」
「あの作品が最後になるのですか」
「そうなります」
そのことは間違いないと。王は皇后に話す。
「彼の年齢も考えますと」
「もう七十に近いですね」
「古稀といいましたね」
王はふとこの言葉を出してきた。
「中国の言葉でしたが」
「東洋のあの古い国ですか」
「はい、あの国の言葉です」
王はその国についても知っていた。そうしてだ。
皇后に対してだ。こう話すのだった。
「あの国でも七十というのはやはり長生きの部類でして」
「ドイツでもオーストリアでもですね」
「はい、同じです」
この時代でもだったのだ。七十というのはやはり長生きなのだ。
ワーグナーの年齢はそれに近付いてきている。それで言うのだった。
「ですから。彼にとってあの作品こそが」
「最後の作品になりますか」
「そうなります」
そしてだった。ワーグナーの年齢だけでなくだ。
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