52部分:第四話 遠くから来たその五
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第四話 遠くから来たその五
「ワーグナーは何によってワーグナーか」
「音楽によってでしょうか」
「つまりは」
「それと脚本」
「そして演出で」
「それだけでは完全ではない」
しかし王はここでこう返した。
「そこにだ」
「そこに」
「何が来ますか」
「次には」
「そのタイトルロールだ。ワーグナーの主人公の多くは」
王は話し続ける。それは。
「テノールだな」
「ああ、あのテノールですか」
「あれはどうも不思議です」
「あの様なテノールは聴いたことがありません」
「全くです」
そのワーグナーのテノールについてはだった。誰が手に取っても全くわからないといった面持ちでだ。そのうえで話すのだった。
「あれは何なのですか」
「あのテノールは一体」
「どういったものでしょうか」
「ヘルデンテノールだ」
それだというのだった。王は言った。
「あれはヘルデンテノールだ」
「英雄ですか」
「そうしたテノールなのですか」
「つまりは」
「そうだ、それだ」
まさにそれだというのであった。王の言葉にはさらに熱いものが宿っていた。それは普段は何か遠くを見ているような彼には珍しいものだった。
「ワーグナーのテノールは英雄なのだ」
「英雄」
「それがですか」
「ワーグナーを完全にするもの」
「そうなのですか」
「元は。そうだな」
王は己の中にある深い教養から話した。
「モーツァルトやベートーベンにあったか」
「そこにですか」
「あったのですか」
「イドメネオのタイトルロールやフィデリオのフロレスタン」
どちらもテノールの役である。それも独特な。
「そしてウェーバーだな」
「どれもドイツのオペラですね」
「ドイツ語のオペラからですね」
「そうだ、ワーグナーも当然観ている」
そうしたオペラもだとだ。王はワーグナーのそうしたところまで洞察していた。そしてそれはまさにその通りだったのである。
それを話していくのだった。その次第に熱くなっていく口調でだ。
「そしてそれによってだ」
「ああしたテノールが生み出されたのですか」
「ヘルデンテノールが」
「声域はバリトンに近い」
そのヘルデンテノールの声域についても話された。
「しかし高音を出しほぼ常に舞台にいるな」
「そしてその舞台の中心にいる」
「そうした役ですね」
「それがヘルデンテノールだ」
王は見ていた。そのヘルデンテノールをその目にだ。
「まさにな」
「そしてそれがリエンツィで出て来たと」
「ワーグナーの作品の中で」
「そうした意味で極めて重要だ」
王は語った。
「そういうことなのだ」
「しかしです」
「陛下、リエンツィの後はです」
「明らかに変わっていますね」
「それがわかるのだ
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