主役だと言い張れる話 後編
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火が皮膚を焼き、急激な圧力変化たる爆轟が肉体を圧し潰した。空中に叩き出された彼の身体は、何の抵抗もなく床に叩きつけられた。
一瞬の静寂があった。その場にいた誰もが、何が起きたのか理解できずにいた。そう、誰も──俺以外は。
最初に叫び声をあげたのは治癒術師の彼女だった。次の瞬間、盗賊の女も叫び声をあげたが、それは敵の魔法使いの攻撃によってすぐにかき消された。漆黒の槍が降り注ぎ、戦士の男ごと、盗賊の女の身体を貫いた。それだけで、二人は死んだ。
残ったのは、二人だけ。彼女は俺の方を振り向いた。あの美しい黄金色の瞳には、俺だけが写り込んでいた。あの笑顔が似合う愛らしい顔は、目を見開き、恐怖と不可解さに凍りついた表情を浮かべていた。
「……どう……して」
震える唇が言葉を紡いだ。俺はその旋律の甘美さに打ちひしがれながら、ナイフを手に持っていた。
一歩、二歩と彼女へと近づく。何なのか理解できていない彼女は、逃げることができなかった。俺は彼女の肩を掴み、その胸元に刃を押し込んだ。硬い金属の切っ先が女の肉を引き裂き、骨の隙間をかいくぐり、内臓の中へと侵入していく感触がはっきりと感じ取れた。
「がっ……はっ……!」
彼女の唇を赤黒い血が染めていく。苦痛と絶望で涙が流れ落ちる。血と汗と涙で汚れる彼女の顔は、それまで見てきた中で一番、綺麗だった。
唇が震えながら、また動く。何かを言おうとする。懸命に、俺に向かって、何かを言おうとする。俺はナイフをゆっくりと引き抜き、もう一度、力強く突き刺した。
何度も、何度も、何度も。彼女の胸に突き刺した。
突き刺したナイフに重みがかかった。彼女の瞳から光が消えていた。ナイフを手放すと、彼女の身体はそのまま床に倒れこんだ。
──こうして、俺以外の全員が死んだ。残ったのは俺と、敵であった魔法使いだけ。
これが、この物語の結末だ。俺が唯一、自分が主役だと言い張れる話だ。
どうしてこんなことをしたのか、今振り返ってみても分からない。ただそうすべきだと思ったし、そうすることで俺はかなりいい気分になれた。彼と彼女を殺すことで、俺は何かを変えることができたんだ。
今までの人生は、そうじゃなかった。前の世界でもこの世界でも、退屈で不条理で、不愉快さと不可解さばかりが蔓延していた。そんな中で、それでも俺は何かを変えようとはしていなかった。やろうと思えば出来たはずなのに、しなかった。あるいは、この“しなかった”ってことそのものが、“出来なかった”ってことと同義なのかもしれない。
とにかく、俺はしなかった。新しい友人を作ることも、新しい場所へ行くことも、好きだった女性を食事に誘うことも、何もしなかった。だから、俺の人生は退屈だった。
でも、やっぱり仕方がなかったと思う。それが俺なんだから。どこへ行っても
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