ピットイン
秋と冬の境目か、陽は頭の上でやたらと高い。
シャッターだらけの商店街を、2人の親子が歩いていた。
「なあ父ちゃん、腹減った。」
「ほいだら、ここでピットインじゃ。」
親子は洋食屋に入る。
ギッ、ギッ、ギッ。
立て付けの悪い戸を開けた先には、前の客の料理がそのままになっているテーブル席がひとつだけ。
店の奥にも目をやると、なにやら椅子が整列している。
新聞が届いたまま、山積みになっているあそこがきっとカウンター席なのだろう。
父親はおもむろにテーブル席に腰を掛けた。
「父ちゃん、まだ食器が片付いとらん、あっちで食おうや
。」
カウンター席を指差して息子は促したが、父親は間髪入れず
「アホ言え、片される前に食うんじゃ。」
と言い、油と何かが分離したスープをかきこむ。
はじめはあっけにとられていた息子も、大きくため息をついてテーブル席につく。
「父ちゃんはアホの子じゃ、ワシはアホの孫じゃ。」
「アホばっかり言ったらいかんぞ、ワシは院卒じゃ。」
胸を張った特別少年院上がりのこの男、名は徹。
読みはとおるだが、幼き日よりテッちゃんの愛称で呼ばれている。
定職に就かず、今は6歳になる一人息子の大吉と空き地を根城に暮らしている。
「なあ父ちゃん、いつになったら仕事を始めるんじゃ。
お金ももうなくなってきたろうに。」
徹はスープを平らげ、遠くを見るような目で大吉を睨んだ。
「子供が金の心配をせんでええ、嫌な大人になるぞ。」
「ワシが心配しとるのはワシの身じゃ。」
大吉は声を荒げ、テーブルを強く叩いた。
物音に気付いて、店の奥から出てきた店主の怒号に、2人は店を追われた。
力のない足取りでアーケードを歩く。
さっきまではなんとも思わなかった店々のシャッターが自分たちを商店街から追い出そうとしているように感じた。
「母ちゃんがおった時は、あったかい米と汁が食えて、ツイとった日は魚も食えた。」
大吉は肩を震わせながら、弱々しく話す。
徹は大吉の頭を撫でた。
「なんべんも言わすな、母ちゃんは死んだんじゃ、
竹馬に轢かれてのう。」
煮詰まった現実が入った鍋の蓋が開く。
大吉にはそれが堪えきれず、我慢していた涙が溢れて出た。
「竹馬に、竹馬にぶつかったくらいで、人が死ぬわけなかろ。」
「もう泣くな大吉、あの竹馬はバケモンじゃった。
だれも乗っとらんのにひとりでに動いとったんじゃ。」
泣き止まない大吉を見て、徹までも目が潤む。
「テッちゃーーん、テッちゃーーーーん、出たぞ、出よったぞ、竹馬じゃ、あの竹馬じゃあ。」
根城を同じくする顔なじみが、手を振りながら寄ってくる。
「なんじゃとお。大吉、いくぞ、母ちゃんの仇じゃ。」
徹は大吉の手を引き、走り出した。
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