第三章
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ワーグナーは違っていた、その船を見てもだった。
落ち着いていた、じっと船を見ていた。船が見えたのは一瞬ですぐに消え去ってしまっていた。しかし。
彼は確かに見た、それで言うのだった。
「あれはオランダ人だ」
「オランダ人?」
「そうだ、さまよえるオランダ人だ」
こうミンナに言った。
「あの幽霊船は」
「貴方が前にお話を聞いていた」
「そうだ、あの伝説のだ」
「海を永遠に彷徨っているという」
「喜望峰にだけいると言われていたが私は信じていなかった」
ミンナにもこのことを言うのだった。
「どの海もつながっているのだからな」
「それでなのね」
「そうだ、オランダ人はこの辺りにも出てだ」
「私達の前にもなのね」
「出て来たのだ」
「そうなのね」
「そうだ、私はオランダ人を見た」
その目で確かにというのだ。
「ならばだ」
「まさかと思うけれど」
「そのまさかだ」
嵐の中確かな顔で言い切った。
「私は必ずオランダ人の作品を作ろう」
「この嵐を生き延びて」
「そうしよう」
こう言うのだった、しかし。
ミンナも船員達もとてもこの嵐の中を生き延びられるとは思っていなかった、船は今まさに沈まんばかりだったからだ。
だがそれでもだ、船は嵐を乗り越えてだった。
東プロイセンに辿り着いた、そして丘に上がってまた言った。
「私の言った通りだな」
「生き延びたっていうのね」
「そうだ、ではだ」
「また就職をして」
「そしてだ」
「あのオランダ人を音楽にするのね」
「この作品は私の代表作の一つになる」
こうまで言うのだった。
「そうなるからな」
「だからなのね」
「あの幽霊船はあえて出て来たのだ」
ワーグナー、自分自身の前にというのだ。
「救われる為にな」
「貴方がさまよえるオランダ人を救うの」
「そうだ」
その通りという返事だった。
「私の音楽でな」
「音楽で亡霊を救えるのかしら」
「音楽、芸術は何にも勝る」
ワーグナーは何とかいう感じで丘に上がった妻に言い切った。
「そしてだ」
「そうしてなのね」
「オランダ人を救おう」
「そうなれればいいけれど」
「ではその為にもだ」
まさにと言うのだった。
「今は次の働き口を探そう」
「それ自体が大変だけれど」
「案ずることはない、私は必ずまた働くことになる」
英気に満ちた目での言葉だった。
「そしてだ」
「この時のことをなのね」
「必ず作品にしよう」
力強い自信に満ちた声での言葉だった、そして実際にだった。
ワーグナーはこの後ドレスデン歌劇場に入りそこで名を知られる様になった。そして海での経験は彼が音楽も脚本も作り上げさまよえるオランダ人という作品を世に出した。オランダ人が救われる
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