第二章
[8]前話
だが窓が外から開かれてだ、その男がぬっと馬の顔を家の中に入れてにやにやとしつつ言ってきたのだ。
「よくごらんじつるな」
「よく?」
「左様。よくごらんじつるな」
こう男に言うのだった、異様なまでに野太い声で。
「それがしを」
「一体何者か」
「ははは、それはごらんぜよ」
今度はこう言ってきたのだった。
「よくよくごらんぜよ」
窓に顔を差し込んだまま言ってくる。
「それがしの顔を」
「お主何者ぞ」
男は刀を馬面に向けて彼に問うた。
「一体」
「それがしか」
「左様、何者か」
「さて、そう聞かれて答える言葉は」
「ないというか」
「いや、あり申す」
やはり笑って言うのだった。
「それがし強いて言うなら百鬼夜行」
「百鬼夜行だというのか」
「左様、百鬼夜行にてあるやらん」
こう言ってそしてだった。
大男は窓から顔を退けてそうしてだった、雨夜の闇の中に諸行無常と唱えつつ去っていった。男はその声が聞こえなくなるまで部屋の中で身構えていたが。
朝になるまで一睡も出来なかった、そして起きた女にこう言った。
「もう帰ろう」
「昨夜妙な夢を見た様な」
起きた女はまだ半ば寝ている顔で起き上がりつつ男に応えた。
「嵐と雨の中で」
「大男がか」
「馬の顔をした」
「その大男がだな」
「はい、諸行無常だの妙なことを言ってきて」
そうしてというのだ。
「窓に顔を入れてきて」
「何かと言ってきたか」
「そうでしたが」
「それは夢ではない」
男は女に憔悴しきった顔で述べた。
「残念ながら」
「そうでしたか」
「しかし大男は去った」
その大男はというのだ。
「そして朝になった」
「大事は去りましたね」
「無事にな、だが」
それでもとだ、彼は言うのだった。
「もう二度とな」
「ここはですね」
「入らない」
「わかりました」
女も頷いた、以後男はこの桟敷に入ることはなくなった。
この話は宇治拾遺集にある話だ、馬頭鬼の話と思われる。あらゆる魔に対して何重もの備えをした都であるがこうした話は非常に多く残っている。だがこの鬼が果たして鬼だったのかどうかは異論もあるという、只の馬に似た顔をした大男の悪戯だったのではないかとだ。しかしことの真実はわからない。だが鬼の話でも人の話でも面白い、そう思いここに書き残しておくことにする。
一条桟敷 完
2018・8・15
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