アインクラッド 後編
――だから、今は。今だけは。
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顔、しないで……?」
エミは笑っていた。優しげに下がった両の目尻から涙をさめざめと流し、いつも楽しそうに弾んでいる口角を震わせながらつり上げて笑っていた。
怖がっている。そう直感した。当然だろう、死が間近に迫っているのだから。死を恐れない生物なんて存在しない。だというのに、彼女は……泣くでもなく、もがくでもなく、ただ我が子を抱く母親のように笑ってみせた。途端に、頭の中で冷凍保存されたままになっていた先ほどの言葉がナイフのように鋭く尖り、脳みそをぐちゃぐちゃに突き回して暴れた。
「……るな……」
見ていられなくなって再び頭を垂れると、今にも身体が爆発しそうな感覚に襲われた。マサキの胸に堆積した感情は未だ頭の中を切り裂いて飛翔し続けるナイフから飛び散った破片のようなもので、小さく動き回っているせいで一つ一つ並べ上げ区別することができない。しかしその怒りとも、悔恨とも、決意とも取れないエネルギーの奔流ははある時遂に臨界点を超え、その瞬間ぴくりともしない四肢へ一気に流れ込んだ。
「ふざけるな……ふざけるなよ……! ふざ、けるなァッ!」
握った小枝が折れずにそのまま落ちる程、マサキは右手を強く握り締め、一センチほど振りかぶって、アリ一匹も潰せないほど勢い良く、地面を繰り返し殴った。
全てが腹立たしかった。エミを手に掛けようとしているPohも、できない理由ばかり並べ立てる自分も、死の縁から手が離れそうになりながら、そんな自分に最後まで微笑みかけようとするエミも。
「離せよ……」
「Huh?」
荒い吐息の波間で、疑問のような、嘲るような、そんなPohの声が、まるで自分が発声したもののようにさえ思えた。おいおいバカなこと言うなよ。まだ苦しみ足りないのか? とんだマゾヒストだな。とか、そんなニュアンス。
その通りだ。どうせエミはもうすぐ死ぬ。身体さえ動かない状況で、一体何ができると言うのか。ただ助けようとした事実が、助けたかったという慕情が、失った悲しみを乗算するだけ。もし……もし、何らかの奇跡が起こって生還出来たとして、その後は? また同じことが起きない保証が何処にある? だったら、見ないのが一番楽で、堅実だ。夏場腐った弁当みたいなもの。中を開けて食べることはできずとも、ロッカーにでも突っ込んで目を合わさないことくらいはできるだろう。
それでも。
「離せと言っている……!」
淀みきった空気の中で、ふと、ほんの少しだけ流れを感じた。その感覚刺激がマサキの脳内でスパークを散らして、神経系を通じて末端に届けられた。両手を開き、地面について、力を込めると、上半身が持ち上がった。膝を上げ、片足を起こす。母趾球にありったけの筋力値をかけて壁伝いに肩を擦りながら立ち上がる。エミが泣きながら驚いて口
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