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ソードアート・オンライン 穹色の風
アインクラッド 後編
――だから、今は。今だけは。
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気を引きたかったからでもない。ただそうすることが重要だった。彼女との繋がりを求めているという意思表示さえできるなら、手を握るでも、キスでもよかった。しかし女性にキスするような度胸も、手を握るために今彼女の背中に回されている両手を解くだけの我慢強さも自分にはなかった。

「うん」

 だから、エミからの返事もおおよそそれだけでは会話として成り立たないようなただの肯定で。しかしそこには、マサキの全てを受け入れるという意思のこもった深い温かさがあった。
 マサキがエミの顔を見ると、彼女は蕾が花開くように笑った。

「やっと、もう一回わたしの前で笑ってくれたね」
「もう一回……?」

 以前に一度でも彼女に笑いかけたことがあっただろうか。疑問に思っていると、エミは耳たぶと頬に赤みを残したまま楽しそうに息を漏らし頷いた。

「シリカちゃんと知り合った時……そう、初めてマサキ君のコーヒーを飲んだ時と、ピナが生き返って、マサキ君ちにお礼を言いに行った時。それでわたし、『ああ、この人本当はとっても優しい人なんだな』って思ったの」

 エミの微笑が、愛しい我が子を抱く母親のような色を帯びた。反射と意識の中間くらいのタイミングで口が開いたが、意味のある音は出てこなかった。
 ハイタッチを空振った後の右手みたいにふらふらしていた唇が閉じると、世界から音が消えた。
 探り合うような沈黙が流れ、エミが目を瞑り。同時にその顔が近づいてきて、マサキの体が電気ショックを受けたかのように跳ねた。
 このまま動かなければいいのか。それとも、こちらからもアクションを起こすべきなのか。計算を試みたものの、数字が代入できるような問題ではなく、もうどうにでもなれとマサキも目を瞑った。
 吐息を肌で感じる。すぐ目の前にエミの顔があるのだ。そして、ああ、もう触れ合うなと、視覚以外のセンサーで敏感に感じ取った瞬間、突然強い力で地面に押し倒された。

「おい……?」

 後頭部を強かに床へぶつけたマサキが片目を瞑ったまま抗議と疑問が入り混じった声を上げると、エミの頭はマサキの肩口に当てられていた。それだけならば理解もできたが、それまである程度自力で自重を支えていたエミの体から一切の力が抜けてしまったかのように、エミは全体重をマサキに預けてきていた。

「何が……ッ!?」

 あった、と尋ねる寸前、マサキの手がエミの背中から生えた物体に触れた。薄い刃状で、硬い。先に行くと円形の薄いパーツが垂直に組まれていて、その向こうは緩やかなカーブを描いた円柱形。

「エ……」

 ダガーだ。そう確信した瞬間に、何か鋭いものが腿に突き刺さり、マサキは体のコントロールを失った。麻痺毒だ――それも、相当高ランクの。
 一瞬の間にマサキは幾千、幾万の言葉で己の危機感の無
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