アインクラッド 後編
――だから、今は。今だけは。
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ミがどうするのか見たくないからだろうなというのが自己分析だ。それならそれでさっさと逃げ帰ればいいものを、それをせずこの場に留まっているのが何より自分の情けなさを晒している。
「マサキ君……ごめんね」
何に対しての謝罪なのか、と考えるよりも早く、すぐ目の前からエミの声。右肩が大きく跳ね、それを誰かに押さえ込まれた。少し経って、ああ、エミに抱き締められたのだと分かった。分かった瞬間に叫んだ。
「止めろ! 俺は……!」
「うん。ごめんね。わたし、知った気でいた。マサキ君が友達を亡くして、その辛さはこのくらいなんだろうなって、勝手に分かった気になってたんだ。でも、わたしが思ってたこのくらいは、そんな、マサキ君にとってみたら、全然だったんだね……」
拘束が少し緩んで、エミの顔が目の前にスライドしてきた。
白い肌は真っ赤に腫れていた。
見ていると引き込まれそうになる大きな瞳は瞼とまつ毛に挟まれて見えない。ただ、その裂け目から、間違いなく彼女のものだと納得できる綺麗な透明の涙がとめどなく流れていた。
「だったら!」
「出来ないよ」
目の前でエミは小さく頭を振った。表面張力の限界まで涙を溜め、頬を何度かつり上げて無理に笑おうとした後、そんな笑顔が決壊しそうになると、今度はマサキの頭を肩口まで抱き寄せた。
「離れるなんて、出来ないよ。だって、マサキ君、辛そうなんだもん……大好きな人が目の前でこんなになってたら、無視なんて出来ないよ……!」
再びエミの両腕が万力のようにマサキの細い体を締め上げた。エミの腕の中でマサキの背が僅かに反り返り、それと一緒に両手がほんの僅か上昇した。
「覚えて」
耳元でエミが囁いた。
「忘れられなくていいから、覚えて。ううん、ずっと忘れないで。わたしがここにいるって。マサキ君のことが大好きで、助けになりたいって、支えになりたいって願ってる人が、あなたのすぐ目の前にいるんだって」
痩せ我慢の限界はそこだった。あるいはとっくに限界なんて過ぎていて、今までのやり取りは、例えるなら浴槽の栓を抜いてから水が無くなるまでの間に横たわる優しさのようなものだったのかもしれない。それがあるから子供は栓の上に渦を作って遊ぶことができるし、それがあったから、エミの体に爪を立ててしまう前に彼女のブラウスを握り締めて抱き寄せることができた。
聞いたことも無い呻き声が腹の奥から聞こえた。泣いたかもしれない。マサキは涸れ果てた砂漠のように、目の前に一粒だけ降ってきた雨粒に、ただただ強く縋りついた。
最初は拘束具のようにマサキを縛っていたエミの手は、いつしか優しく、そして柔らかくマサキの背中を撫でていた。
「エミ……」
名前を呼ぶ。何か言葉を掛けたかったわけでもなく、
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