第三章
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「絶対に」
「去年何位だったんだよ」
大野は怒らない、極めて冷静な顔で言う。色黒で目が大きく分厚い唇の顔は見る人に強い印象を与えるものだが目の光は優しい。
「それで」
「六位でした」
「それでその前の年もだったな」
「まあそれは」
「昭和六十二年からどれだけ最下位になってるんだ」
「数えきれないだけです」
数えようと思えば数えられる、だがあまりにも多くて中西もこう言うしかなかった。
「それだけです」
「それだけ最下位になり続けてどうして優勝なんだよ」
「これまでは力を溜めていたんですよ」
あくまで前向きに言う中西だった、決して後ろを振り返ることなくプラスの要素だけを見て考えて言う。
「それで今年こそはです」
「本当に夢だろ」
「夢じゃないですよ、じゃあ優勝したらどうします?」
「しないことには言えないぞ」
何もとだ、大野は答えた。
「それこそ」
「やれやれですね、それじゃあ」
この時中西は大野と共に上陸していた、海上自衛隊の護衛艦では外に出ることは艦を降りて丘に上がることなので上陸と呼ぶのだ。
二人で飲んで夜に帰ってきたのだ、中西はふらつく足で大野に語った、大野の足取りはしっかりとしている。
「これから舷門ですが」
「うちの艦のな」
「そこで聞いてみます?」
「阪神優勝するかどうかか」
「はい、そうしてみますか」
「ならそうしてみろ」
大野は中西の提案に笑って答えた。
「そうしたいならな」
「それじゃあ」
こうしてだった、中西は大野と共に自分達の乗艦の舷門に来た。中西はそこで門のところにいた当直の航海科の二曹の人に敬礼を交えさせてから尋ねた。
「あの、ちょっと野球のことでいいですか?」
「ああ、阪神負けたぞ」
この二曹も中西のことがわかっていて笑って先に言った。
「残念だったな」
「そういうこともありますよね」
「いつもだろ。それで何だよ」
「はい、阪神今年優勝しますよね」
「しねえよ!」
これが返事だった、全力で否定してきた。
「どうやったら優勝出来るんだ!」
「ほら見ろ」
大野は中西に横から笑って言ってきた。
「阪神の優勝はないだろ」
「いやあ、ここから大逆転ですから」
「そんな筈ねえだろ」
二曹がまた中西に言ってきた。
「最下位だよ」
「ううん、皆さんそう言いますね」
「誰だってそう言うよ」
まさにと言う二曹だった、ここで大野は足がふらついた中西をそっと支えて横から言った。
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