アインクラッド 後編
嗤う三日月、紅の幽光
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孤独に生きたいのなら黙って消えればいいのに。追いすがってくるなら、罵声でも浴びせて嫌われてしまえばいいのに。そうだ、いっそのことなら、死んでしまえばいいではないか。だというのに、エミのことを足蹴にしながら、断ち切れない。繋がれた手を必死で振りほどいているように見えて、その実手を握って離さないのは自分の方だ。
目を開けると、エミのショートブーツはまだマサキの足のすぐ先にあった。
安心して、馬鹿馬鹿しくなって、自嘲で少しだけ笑った。
「だから、俺はもう一生、何も忘れられないんだよ」
アインクラッドに暮らしていると、SAO開発チームの技術力の高さと、一切に妥協をしない茅場晶彦のこだわりの深さを感じることがままある。この城の気象もまた、そのうちの一つだ。
アインクラッドには雲の量から気温、湿度、雨量風量、大気の埃っぽさに羽虫の量といった数多くの気候パラメータが存在し、その組み合わせによってその日の気候が決定される。それらのパラメータは一つ一つ独立して抽選が行われるため、どれかが好条件ならば別のどれかが悪条件、と、偏らないことが多い。しかし、何度も振ったサイコロの目が全て一になることもあるように、全てのパラメータが好条件を示す日も年に何日かという割合で存在する。逆もまた然りだ。
そしてその日――二○二三年三月二十八日は、気象パラメータの全てが最悪の値を示していた。
「うへぇ……嫌な天気だなぁ」
「謹慎中なんだから関係ないだろ。こんな天気の中を攻略に勤しむ勤勉な攻略組の皆々様をそこの窓越しに労ってやればいい」
「そうかもしんないけどさあ……」
「そんな嫌味な言い方してると、またアスナにどやされるぞ」と苦笑するトウマをよそに、マサキはウィンドウを呼び出して時計を見た。午後一時半、今しがた宿のレストランで遅めの昼食をとったばかりで、普段ならこれから午後の活動を始めるところだが、音を立て窓打つ雨粒を見ているととてもそんな気分にはなれそうになかった。先ほど一度外に出て天気を確認してみたが、それはもう酷かった。四月も間近だというのに気温は冬に逆戻りしたかのように低く、そこへ氷のように冷たい雨粒が強風に揺られて四方八方から襲い掛かってきて容赦なく体温が奪われる。塔になっている迷宮区内部では雨は降らないが、行き帰りにこの天気の中を通ることすらしたくはないなと、マサキは木枠で四つに区切られた窓ガラスに映った自分を眺め思った。
「しっかしさぁ……謹慎ってのも暇なもんだよなぁ。いつ終わるんだろ、これ」
トウマは伸ばしていた腕をだらりと投げ出して宙を仰いだ。
「マサキとトウマの二人組が二十二層のボスを倒した」という事実は瞬く間に広まり、二人の名を知らしめたと同時に様々な厄介ごとを巻き起こした。フロアボスはプレイヤーの生還と
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