アインクラッド 後編
嗤う三日月、紅の幽光
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…会いたかった……来てくれるって、信じてた……!」
体を万力に締め付けられながら、マサキはエミを抱き締め返せないでいた。エミの目から零れた涙がじんわりと熱を帯びてマサキの肩に滴る。しかしそれは、マサキの身体が冷え切っていることの裏返しでもあった。
「でも、怖くて、申し訳なくて……《還魂の聖晶石》を見た時、凄く嫌な予感がしたの……。ひょっとして、マサキ君が……マサキ君が、死んじゃうんじゃないかって……!」
「……そんなことで」
「そんなことって何よ!?」
ぽつりと零した言葉に鋭く噛み付いてきたエミと目が合う。
一杯に涙を溜め、瞬きする度に溢れさせる大きなブラウンの瞳の底には、表面の涙を通しても濁ることのない純粋な怒りが灯っていた。
「マサキ君のばか。ばか、ばかばかばか……! わたしが来た時、マサキ君死んじゃうところだったんだよ!? 突き刺されて、もうHPがなくなって、今にも消えちゃいそうなマサキ君を見つけて……もう、本当にっ、本当に心臓が止まりそうなくらい怖かったんだからぁ……っ」
再びエミに強く抱きしめられた瞬間、マサキは指先を小さく痙攣させた。緊張でも期待でもなく、ただ凍りつくような恐怖のみによって。マサキはこの時、自分が抱いている感情をようやく正しく理解した。
「……止めてくれ」
エミの肩を両手で押すと、意外なほどにあっさりとエミの身体が離れた。マサキは壁に背を預けてその場に座ると、無意識に目を瞑り、頭を抱えるように耳を両手で塞いだ。
「マサキ君……?」
「もう沢山なんだ」
エミの手が差し伸べられかけたのを察して、声でそれを押し止める。
また彼女の体温に触れたら。そう考えただけで胸の奥がじんわりと熱を持ち、四肢が凍えてガタガタと震えた。
呼吸が小刻みに痙攣しては、干からびた喉の奥で引っかかって高音を鳴らした。暫し、口腔内に溜まった唾をえずきながら飲み込むことだけに集中すると、外界からの情報が上手い具合に遮断されて少しだけ楽になった気がした。
次にこの目を開けた時、そこにエミがいないことを強く望んだ。
もう彼女の声を聞きたくなかった。
もう二度と、彼女が笑いかける姿を見たくなかった。
握られた手の温もりを知らないままでいたかった。
それなら、失くしたって痛くないだろうから。
マサキは古新聞をくしゃくしゃに丸める時のようなしわがれ声を搾り出した。
「これ以上俺に触れないでくれ、声を聞かせないでくれ。これ以上、俺に思い出させないでくれ……!」
本当に、酷い言いようだ。命の危機を助けられ、死の間際に望んだ相手に向かってこの台詞とは。
「……中学一年の冬に、交通事故に遭った。そして、記憶が消えなくなった」
そして、全てが中途半端だ。
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