86話:特権
[4/6]
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
トーストを取り出してお皿に乗せてからキッチンの一角に並べ終えた頃合いで、二階から物音がして、人の気配がキッチンへ近づいてくる。大佐は今日も何とか起きてくれたようだ。このタイミングでティーセットにいれていたお湯を捨てて、大佐のお気に入りのシロン産の紅茶の茶葉を3匙入れてから熱湯を注ぐ。これで朝食の仕上げは完了だ。洗面室の方からしていた水の音が止まり、大佐がキッチンへいらっしゃる。
「ユリアン、今朝もすまないな。私はどうも眠りが深いタイプだから助かるよ。それにしても今日も既に良い香りがしているね。憂鬱な一日も、この香りから始まるとなると良い一日になりそうで嬉しくなるよ」
「大佐、褒めて頂くのは嬉しいのですが、あまりゆっくりと朝食を取るにはもうお時間がありませんよ?」
僕がカップに紅茶を注ぎ入れるのを横目に、『頂きます』と食事の前にされる挨拶をされ、朝食を食べ始めた大佐に応えると、大佐は目線を時計の方に向けて、困ったように左手で頭を掻いた。同時に右手で僕が差し出したティーカップを受け取り、口元に運ぶのも毎朝の事だ。大佐は時には朝方まで、書斎で色々と考え事をされている事も僕は知っている。だからあまり細かい事は言わずに黙っているけど、大佐の睡眠時間は足りていないようにも思う。まだそんな御歳じゃないけど、健康面は大丈夫なのだろうか?
「もっとゆっくり味わいたいのはやまやまだが、宮仕えの悲しさだね。ユリアン、今日の朝食も美味しかったよ。ではお役目に取り掛かるとしようか」
2杯目の紅茶を飲み干すと、少し名残惜し気にティーカップに残った香りを心を向けてからカップを置き、リビングのドアの手前の棚にいつも放り込まれるベレー帽を取り出して被ると、『では行ってくる』と言い残して出勤されていった。毎朝の慌ただしい時間が一段落して、この家に静けさが戻ってくる。僕も食べかけの朝食を食べ終えたら、食器とティーセットを洗って初級学校へ向かう。
寝る前に今日の時間割に合わせた教科書を詰め込んだカバンを手に取り、備え付けのセキュリティーシステムのスイッチを入れてから、指紋認証でドアにロックをかけて、足早に通い馴れ始めた通学路を進む。数ヵ月前まではこんな生活になるとは思ってもみなかった。僕は養父となったヤン大佐とその先輩で仲良しのキャゼルヌ准将と出会うきっかけになった、祖母が亡くなった時の事を思い出していた。
僕がそもそも祖母と暮らすことになったのは、昨年初めの父の戦死がきっかけだった。母を幼いころに亡くしたミンツ家は父子家庭だった。父さんは控えめな人で、自分のお茶を人に振る舞うのが好きな人だった。僕にも『ミンツ流』のお茶の入れ方を教えてくれたし、帝国との戦争に貢献する父を、僕は誇りに思っていた。
そんな父が戦死して、僕もとうとう孤児になると思った。帝国との
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ