381部分:第二十四話 私の誠意その十九
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第二十四話 私の誠意その十九
「それもわかりません」
「全ては神の思し召しといえど」
「それでもですか」
「あの方がどうしてこの世におられるのか」
「それさえもわからないですか」
「ある程度は察することができます」
皇后は考える顔になった。深い憂いの顔で。
「しかしそれは」
「それはですか」
「おわかりですか」
「この世に芸術を残され」
そしてさらにだった。
「それを見る人々にこの世にある夢幻を見せられることでしょう」
「芸術、そして夢幻を」
「そうしたものを」
「それがわかる者は少ないです」
まずは皇后だった。
「他にはワーグナー氏とビスマルク卿でしょう」
「この世で三人だけですか」
「あの方を理解できるのは」
「その中であの方の傍にいられるのはワーグナー氏だけです」
そのだ。ワーグナーだけなのだ。
「あの方は彼と離れてはいけません。決して」
「決してですか」
「どうしても」
「若し離れることがあれば」
そうなればだ。やはり同じだというのだった。
「ゾフィーと同じです。いえむしろ」
「むしろ?」
「若しあの方がワーグナー氏を再び手放されれば」
どうなるかというのだ。その時は。
「ゾフィーとのことも。均衡はなくなるでしょう」
「それだけあの方にとってワーグナー氏は大切なのですか」
「御后になられる方よりも」
「神は。運命の出会いを用意されました」
その運命の出会いとは何かであった。
「それは二人にとって甘美でしたが」
「甘美なだけではなく」
「それに加えてですか」
「残酷なものもあるのです」
王も気付いていない。それがあるというのだ。
「ワーグナー氏は気付いているでしょう。しかしあの方は」
「気付いておられない」
「決して」
「芸術は一つではありません。そしてあの方は焦ってもおられます」
問題はだ。一つではなかった。
「待ちきれないのです」
「待ちきれない」
「といいますと」
「ワーグナー氏の芸術を観たいのです」
それをだ。待ちきれないというのだ。
「あの。指輪ですね」
「ニーベルングの指輪ですね」
「あの噂の」
「四部、そしてその上演には」
皇后もその指輪のことは聞いていた。これまでにない恐ろしいまでの大作だとだ。そのことはオーストリアにまで届いていたのである。
「四日かかるそうですね」
「そんな作品があるのですか」
「果たして」
「これから生まれるのです」
その恐ろしいまでの大作がだ。これから生まれるというのだ。
「ワーグナー氏が生み出しあの方は」
「それではバイエルン王は」
「あの作品にとって何なのでしょうか」
「産婆です」
生み出すのを手伝う。王はその作品についてはそれだというのだ。
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