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その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~
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「覚えてる?この場所」
ロックが俺に話し掛ける。
ゆっくりとした発音で。"英語"ではなく"日本語"で。
ロアナプラ
(
この街
)
で日本語を聞くというのも何だか不思議な気分だ。
こんなタイの片隅にある港街じゃあ日本人の観光客なんて先ずお目に掛かれない。
商売目的で訪れる連中も稀にいるが、ただの運び屋風情の
ラグーン商会
(
俺たち
)
にはトンと縁がない。
大概は長く居着く前に本国へと帰っていくという事情もあるが。
この街は余所者には優しくない。マフィアどもにより造り上げられた悪徳の都は異質なものを弾き出す。
そうまでして何を守りたがっているのかは知らんがな。
「聞いてる?俺の話」
ロックの言葉に軽く頷く。
思案に耽りながらも話はきちんと聞ける。こいつは俺の自慢にもならん特技の一つだ。
"前の人生"ではどうだったろう?
さすがに"こっちでの人生"が長すぎるせいかそんな些細な事までは覚えていない。
いや。
些細どころか殆ど忘れてしまってないか。
例えば・・・名前、とか。
俺には幾つか名前がある。
前の人生でのそれ。此方で生まれてからのそれ。戦場で呼ばれていたそれ。そして、
「ゼロ」
ロックが俺を呼ぶ。俺の名前を呼ぶ。いつからか名乗り始めたその名を。
「俺はこの場所で"ロック"になった。ううん。ロックになれたと思っていた。岡島録郎ではなくロックにね」
俺とロックの視線が交錯する。
かつて一人の日本人が過去と訣別したこの場所で。
あの時と同じように沈み行く夕陽。
ロアナプラの街を囲む海からは風の匂い。とても懐かしい風の匂いが鼻腔を擽る。
俺はロックから目を逸らさず、ただ黙って彼のしたいようにさせていた。
そう。彼のしたいように。
「でも俺はまだロックになんてなれていなかった。
ただ岡島録郎を殺すだけじゃ足りなかったんだ。
それだけじゃ足りない。全然足りなかったんだよ。
今ここに立っている俺は何者でもないんだ。
日本の平凡なサラリーマンでもなければ見習い海賊でもないんだよ。
空っぽなんだよ、俺は」
言葉を聴覚ではなく味覚で感じられるとしたら、奴の言葉にはどれ程の苦味があるのだろうか。
それとも何の味もしないのだろうか。どう思う?レヴィ……
「だからこうする事に決めた。
色々考えたけど、これが正しい事のような気がするんだ。
俺がロックになるために」
俺の眼を見据えたままロックが僅かに右手に力を込める。
先程から俺に向けて真っ直ぐ伸ばされたままの右腕。
そしてその先には握られた拳銃。
ロックが俺の鼻先に拳銃を突き付け、そして握るその手に力を込める。
やれやれ。
まさかこんな状況が我が身に訪れようとはな。
前世の俺はさぞ悪人だったのかも
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