離れた場所にて:あしあと
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あ、これから私が住んでた街に行こっか」
迷子にならないようにとヒヨリの手を取ったグリセルダは、転移門に行き先の階層と主街区名を唱える。
第十九層主街区、ラーベルグ。ヒヨリはかつてそこで迷子になった記憶を想起しつつ、グリセルダに引かれるように転移する。視界が光に覆われて、何度経験しても慣れない眩しさに解放されてようやく瞼を開くと、NPCを含めて人通りの乏しい寂しげな街並みが目に映る。そういえば、プレイヤーさえ足早に過ぎ去ってしまうこの風景が何だか苦手だったと思い出してしまう。誰もが通り過ぎるだけの街に住んでいたと言っていたグリセルダの言を重ねて思い出しながら、ヒヨリは今もなお手を繋いでいる案内人の顔を見上げると、グリセルダはふと足を止めた。その視線を追って見ると、ひっそりとした場所にカフェが佇んでいた。どこか見覚えのある外観をぼーっと眺めていると、再びグリセルダはヒヨリに問いかけた。
「あ、ここ知ってる? 多分この街で一番おいしいお店なんだけど」
あっ、と、ヒヨリは小さく声を漏らしていた。
この街に来て二日目のことだ。迷子になってしまったヒヨリとティルネルは幼馴染と合流するべくこの街を彷徨い、紆余曲折を経て数時間を要し、ようやく見つけてもらったという保護者泣かせのエピソードを思い出す。幼馴染が道からではなく建物の屋根から飛び降りてきたのを思い出すと、その形振り構わぬ捜索の様相にはやはり心配を掛けてしまったのだろう。方々駆けずり回って、本来ならば息など切れる筈のないアバターが肩で息をしている姿は精神的な過負荷からくる心労に他ならない。それでも叱ることなく、呆れたような溜め息を零しながら、すっかり日も傾いた時分に遅い昼食をとるべく入店したのが、今まさに眼前にある店なのだ。更に言うならば、ちょうどグリセルダと立っているこの場所こそ迷子であったヒヨリが発見された地点でもある。
ふとした偶然で懐かしい思い出に触れ、ヒヨリはグリセルダに頷いて答える。
「そっか。じゃあ、入ろっか」
ヒヨリの記憶に触れることもないままグリセルダの提案に従い、先に入店する彼女を追ってヒヨリも店のドアをくぐった。
主街区全体と同じく店内には人の気配はない。退屈そうにカウンターに座って頬杖を突いていた店主は、来店した客に言葉を掛けることなく立ち上がって厨房へと去っていく。以前にも増してNPC店主のモチベーションが低下しているような懸念じみた不安を拭いながら、二人は手近なテーブルに腰掛ける。
伽藍洞の店内は、奥から食器の擦れる音が時折鳴る程度で、それがむしろ声のない静けさを際立たせた。グリセルダは無言のままで、ヒヨリは何を聞くべきか整理がつかないまま視線を伏しがちに落としてしまう。なおも続く沈黙に助け舟を出すように、いつもの
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