兄妹
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子供の頃の兄との想い出。
それはまだ兄も幼く、私達の関係が歪んでしまう前の話。
私は森の中を泣きながら走った。
家の扉を開けて、テーブルの前に腰かけている母の姿を見つけると、しがみ付いて泣きつく。
「あらあら、どうしたの?」
母は心配そうに私に尋ねる。
兄さんがぶったよう、と私は泣き喚く。
そこに足音とともに追いかけてきた兄が、扉の前に姿を現した。
「ヴィレント! なんでそんなことしたの?」
母に問い詰められて、兄は罰の悪そうな顔をして視線をそらした。
「だってチェントが、母さんに買ってもらった人形を壊したから……」
兄の右手には、腕の取れた騎士の人形が握られていた。
街に出た時に、母に買ってもらった木の人形、玩具である。
「チェント、兄さんにはちゃんと謝ったの?」
母に聞かれて、私は首を横に振った。
「駄目じゃないの。悪いことをしたら、謝りなさい」
叱りながら、しかし母の声は優しい。
だってぇ……、と言い訳する私。
「ヴィレントも、妹を叩いちゃ駄目でしょう? あなたもちゃんと謝りなさい」
兄は不服そうに目を逸らしながら黙っていたが、母にじっと見つめられてやがて、ごめんなさい母さん、と小声で謝った。
「私に謝っても仕方ないでしょう。ほら!」
なおも目を逸らしたままの兄を、こっちにいらっしゃい、と母は手招きした。
兄が寄ってくると、母は私達を正面から向き合わせる。
「ほら、相手の目を見て謝るの」
兄は罰の悪そうな顔をして、私を見ていた。
それでも兄はしばらく黙っていたが、母に促され、
「……チェント、ごめん」
俯きながら、上目遣いでそう謝った。
兄さん、私も……ごめんなさい、とつられて私も返していた。
母の手が私達2人の頭を撫でる。
「よしよし。私がいなくても、こうやってちゃんと謝って仲直りするのよ?」
母にそう言われて私は、はい、と返事し、兄は黙って頷いた。
「母さんとの約束だからね」
言って、母は私達を抱きしめた。
母がいなくても、謝って仲直りする、とあの日約束した私達。
でも、結局その約束は2人とも守れないでいたことになる。
今の私が1人で兄と戦って勝ち目があるか?
冷静に分析すれば、勝ち目はほぼないというのが結論になるだろう。
ネモの助けを借りて挑んだあの戦い。途中まで肉薄したと見せかけて、終わってみればかすり傷1つ負わせられなかったというのが、実際の結果だった。
それでもまだ戦いに挑むのは、私の中に生きている理由、生きることへの執着が殆ど残っていないからだった。
だが、死ぬのがまったく怖くないと言えば嘘になる。
復讐に我を忘れて戦いに挑めれば、その方が気持ちは楽だったのかもしれない。
これは最後の抵抗
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