兄妹
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いた。剣は私の首の側面に僅かに食い込み、だがそこで止まっていた。
血が首を伝う。私はその姿勢のまま動けなかった。
兄の手が震えている。剣をあと数センチ押し込めば、私の意識は途切れるはずだ。だが兄の剣はそれ以上動かない。
どうして……?
その剣はそれ以上押し込まれることはなく、やがてそれは兄の手を滑り落ち、重力に引かれて地面に落ちた。
私が兄の顔を見上げると、
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ────っ!!」
兄は右手で片目を抑え叫んだ。ゆっくりと後退りながら。私は呆然とその姿を見送るだけだった。
「なんで……なんで邪魔をするんだよ母さん。なんでそんな目で俺を見るんだよ!? やめてくれよ」
兄は泣きそうな声で、呻いていた。
「……仕方なかったんだよ。俺だって生きるために……毎日必死だったんだ! 仕方ないだろ! これ以上俺を追い詰めないでくれよ……母さん!!」
剣を落とし、眼を抑えて子供のように泣き叫ぶ兄。
兄さん……。
私は初めて兄を憐れんだ。
──ヴィレントはな、あいつはあいつで……気の毒なやつなんだよ──
スキルドはそう言っていた。
そうなのかもしれない。兄は、この人は……。
私は右手を伸ばし、ゆっくりと兄に歩み寄った。
「来るなぁぁぁっ!!!」
兄が裏返った声で叫び、左手を振り回して私を拒絶した。私の足が止まる。
「なんでだよ、チェント。どうしてお前は……どんどん母さんに似てくる。母さんと同じ目で、同じ顔で、俺を攻めるんだ!!」
自覚したこともなかった。
兄の見ていた母の幻影は、幻影だったものは、時と共にどんどん幻影ではないものに近づいていたのだ。
私の容姿が母に近づくにつれて、私の拒絶は母からの拒絶に、私の怒りは母からの怒りに、私の泣き顔は母の泣き顔に見えていたのだろう。兄の中で、大好きだったはずの母の姿に。
だから、何度もチャンスはあったはずなのに、私を斬れなかったのだ。
強かった、恐ろしかった兄の姿が、まったく別の生き物に見えた。
何かの間違いで人生が狂ってしまった、とても可哀想な、ただの青年に。
私は赤い剣を──兄の苦しみを終わらせる2本の剣を呼び出した。
狙ったのは兄の首。もっとも苦しむことなく逝ける場所。
だが、もがき苦しんでいたはずの兄は、その攻撃をも寸前で伏せてかわし、脇をすり抜けて再び落ちていた剣を拾っていた。
兄は振り返り、右手で剣を構えている。頭を左手で抑えて、苦しそうな表情はそのままだった。
どうして、そんなになってまで戦うの? 兄さん。
大好きだった母は死んだ。寄り添って生きるはずのシルフィは私が殺してしまった。
この人は何に縋って戦いを続けるのか?
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