第三章
[8]前話
「御前がな」
「特にですか」
「よかった」
こう言うのだった。
「最高の歌と演技だった」
「そうですか」
「本当に御前はな」
まさにというのだ。
「最高の騎士だったぞ」
「俺が騎士なんて」
「騎士といっても剣とか持たないだろ」
「はい」
ニュルンベルグのマイスタージンガーではとだ、祐貴も答えた。
「歌いますけれど」
「だから騎士でもな」
「それでもですね」
「いいんだ、御前が騎士でもな」
「そうですか」
「御前は童顔とソバカスのせいでな」
彼のコンプレックスであるその二つのせいでというのだ。
「色々思ってるな、騎士なんて特にって思ってるだろ」
「それは」
「そうだな、しかしな」
「それはですか」
「実は違うんだ、そんなのはメイク次第でな」
女子部員と同じことをだ、部長は祐貴に言った。
「どうとでもなるからな」
「だからですか」
「いいんだ、俺は御前の演技と歌を見てな」
そのうえでというのだ。
「決めたんだからな」
「騎士の役にですか」
「そしてその通りにな」
「俺は演じましたか」
「歌ってな、見事だったぞ」
「そうですか」
「御前がいたからだ」
今回の舞台の成功、それはというのだ。
「抜擢と言われたけれどいい抜擢だった、だからこれから時々でもな」
「メインで、ですか」
「やってもらうからな」
「有り難うございます」
「お礼はいいさ、御前の実力に見合ったことだからな」
それでと言ってだ、部長は祐貴の肩をぽんと叩いた。祐貴は肩に温もりと現実を感じた。これ以上はないまでに素晴らしい現実を。
抜擢 完
2018・10・16
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