58話:それぞれの決断
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万歴赤絵の大皿は父が一番気に入っていたものだし、私も許しを得てよく磨いたものだ。シルバーカトラリーは本来ならこういう場合は売るのだろうが、帝国の伯爵のお金で史学科に入学するというのは何か違う気がする。それに私にとっても初めてもらった心づくしの贈り物だ。贈り主と会う事は無いと思うが、だからこそ売りたくないとも思う。宇宙の向こう側の贈り主はこんな未来を予測していたのだろうか?それとも、意外に貴族の没落はよくあることなのだろうか?
「とはいえ、私が路頭に迷う事は不本意だろうから、現金は使わせてもらうとして、さすがに大学の学費と生活費には足りないだろうな。まずは福祉局で相談してみるか」
自分に言い聞かすようにつぶやくと、万歴赤絵の大皿とシルバーカトラリーをケースに入れてからキャリーバックに入れて、倉庫に鍵をすると福祉局へ足を向けた。正直、足取りが重い。ふと、左の内ポケットにしまい込んだ手紙に感覚が向いた。目についたベンチに座り、改めてシルバーカトラリーの贈り主からの手紙を広げる。何度見ても達筆な同盟語が目に入ってきた。これもあと数十年かしたら歴史的資料のひとつになるのかもしれない。
手紙の内容は、本来なら毎年ひとつずつ贈るシルバーカトラリーを一式で送った理由と、このシルバーカトラリーの箱が開かれるときは、順調に行けば私が結婚するときだろうから、御祝い金として1万フェザーンマルクを同封する旨が書かれている。もし万が一の時に開いた際は、路頭に迷う様ならフェザーンに来てくれれば何とかするので、迷わずにフェザーンへの運賃とするようにとも書かれていた。
この手紙の日付は宇宙歴767年の2月、私が生まれる少し前の日付だ。贈り主は第二次ティアマト会戦の翌年の生まれだから、今年37歳、手紙をしたためた当時はまだ21歳だった。彼の名前は自由惑星同盟にも聞こえている位だが、世に名を響かせる人物は若いうちからこういう配慮を欠かさないものなのだろうか?
手紙に同封されたフェザーンマルクもすべて新札だった。こういう習慣が帝国貴族の中にあるというのも初めて知った事だ。もし宇宙の向こう側に生まれていたら、素直に頼ることができたのだろうか。少なくともお茶を飲みながら父との逸話を聞いてみたい思いはあった。
「そうか、この手紙も、ある意味歴史の1ページなのかもしれないな」
不思議と何度も読み返すこの手紙に妙な愛着を感じていたが、今まで読んだどの歴史書よりも、自分だけの歴史考察をする材料になっているのだと気づいた。さすがに公表できるものではないが、この手紙も大事にとっておこう。重くなっていた足取りも、この手紙を読んだおかげで軽くなった気がした。少なくとも近いうちに路頭に迷うことは無い。大通りまで出ると自動運転タクシーを捕まえて、福祉局へ向かった。
福祉局の受付
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