198部分:第十三話 命を捨ててもその十
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第十三話 命を捨ててもその十
「必ずな」
「それはどういった美でしょうか」
「どういったものか、か」
「はい、それはどういった美でしょうか」
「そうだな、やはりあの世界だな」
遠くを見る目になった。ここでもだ。
「白鳥の世界だ」
「白鳥ですか」
「ワーグナーだ」
ワーグナーの名前が。またしても出された。
「そしてバロックやロココ。そうした世界だ」
「それをですか」
「造り出したい。自然と人工だ」
「その二つを合わせてなのですか」
「模造だけでは駄目だ」
王は言った。
「自然と融和させて」
「至上の美を造り出す」
「私は。永遠に手にしたかったものを手放さざるを得なかった」
またしても寂しい顔になる。様々な感情が交差していた。
「だが今度は」
「手放さないと」
「そうしたい。必ずな」
王は言っていく。話しながらだ。
自然と散策は終わった。するとだ。
ホルニヒに顔を向けてだ。そのうえで。
「ホルニヒ、いいだろうか」
「はい、何でしょうか」
「私はそなたが気に入った」
こう彼に言うのだった。
「だからだ。今日は」
「今日は?」
「共にいてくれるか」
彼への誘いの言葉だった。
「そうしてくれるか」
「はい」
ホルニヒの返事はすぐだった。一言であった。
一言で答えてから。彼は再び王に言った。
「私は陛下の臣です。臣ならば」
「臣下だからか」
「それ以外に理由があっては駄目でしょうか」
王の前に片膝をついてだ。そのうえで王に言うのだった。
「それでは」
「済まない」
王はホルニヒのその言葉を汲み取って述べた。
「私は人を避けようとしている。だが」
それでもだというのだ。人を避けたいと思いながらも。
「それでいて誰かに傍にいて欲しいのだ」
「だからですか」
「そうだ。だからだ」
それでだと話すのだった。
「そなたに傍にいて欲しい」
「私でよければ」
「不思議なものだ」
己のその感情について考えてだ。王は言葉を漏らした。
「人を避けたくなっているのに誰かに傍にいてもらいたい」
「感情は二つですか」
「人の感情は一つとは限らないのだな」
王にもそれがわかった。
「様々な感情が複雑に絡み合う。まるで」
「まるで?」
「ワーグナーの芸術だ」
まさにだ。それだというのである。
「無限旋律を知っているか」
「確かトリスタンとイゾルデの」
「それだ。あの作品の音楽の旋律はそれだ」
ワーグナーが開拓した音楽の一つだ。複数の音楽が絡み合い永遠に続くのだ。ワーグナーはトリスタンとイゾルデではじめてそれをしたのだ。
王はそのトリスタンを思い出しながら。ホルニヒに語るのだった。
「螺旋状に絡み合いそれが続くのだ」
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