第八章
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「ですが」
「奥様のことが好きか」
「愛しているとなるでしょうか」
勇吉も同じだった、彼は片平を見据えて正面から答えていた。見ればその目は昌枝と同じものだった。
「今の言葉で言いますと」
「最近の小説ではよく出る言葉か」
「はい、そうなるでしょうか」
「私も小説を読んでいるがな」
明治の最初の頃は低俗極まると言われていて今もまだそう言う者がいる、だが実は彼も読んでいるのだ。
「その中でよく出るか」
「はい、そうなります」
「そうか、愛しているか」
「心から」
「従姉弟同士でもか」
「それでも駄目でしょうか」
「君も言ったが先代の奥様だ」
片平はあえてだった、勇吉に逃げ道を塞ぐ様にして現実を言っていった。男である彼にはそれでも果たさねばならない責任があると考えてのことだ。
「その方と結ばれたいのか」
「駄目でしょうか」
「私がここで駄目だと言う」
あえてこう言った片平だった。
「後見人の私がな」
「そう言えばですか」
「その時君はどうする」
「後見人である片平さんが」
「私の意見で決まる状況にある」
現実をさらに言うのだった。
「それで君は奥様と二度と会えなくなるかも知れないが」
「決まっています、私には幸い手に職があります」
「医師のそれか」
「この職で。若輩ですが」
「奥様を養っていけるか」
「はい、絶対にそうします」
毅然としてだ、勇吉は片平に言うのだった。
「絶対に」
「私が結ばれてはならないと言ってもだな」
「駆け落ちをして」
「大胆だな、そんなことをすればだ」
「すぐにですね」
「追手が来るが」
「逃げます、若し逃げられなければ」
その時のこともだ、勇吉は言った。
「奥様お一人だけでも」
「心中はしないのか」
「心中ですか」
「こうした時はよくある話だ」
曽根崎心中、この話を思い出しつつ言う片平だった。
「逃げとしては最高だ」
「逃げですか」
「死ねば終わりだ、この世ではな」
「そしてあの世で、ですか」
「結ばれればいい。それはしないのか」
「する気はありません」
ここでも毅然として答えた勇吉だった。
「奥様が幸せにならなければ」
「意味はないか」
「そう考えていますので」
「君がどうなろうともか」
「駆け落ちをして追手が来ても」
「いざとなれば奥様を逃がしてか」
「後で私も生きます」
ここでこう言った勇吉だった。
「私が盾になって死ねば奥様は悲しまれるので」
「だから生きるか」
「死ぬ気はありません、奥様に幸せになって頂く為に」
あえてと言うのだった。
「そうさせて頂きます」
「そうか。ではな」
「はい、私は死にません」
「そして二人で暮らすか」
「幸せに」
駆け落ちをしようともとい
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