17部分:第一話 冬の嵐は過ぎ去りその十一
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第一話 冬の嵐は過ぎ去りその十一
「それは必ずやドイツを形作る」
「この国をですか」
「再び一つにですか」
「そうするのだ。ではだ」
「はい」
「そのワーグナーの歌劇をですか」
「見ようではないか」
自分自身だけでなく周りにも告げた言葉だった。
「若し観られないというのなら」
「その時は」
「一体」
「お金は私が出そう」
太子がだというのだ。彼は幼い頃よりそうしたものはあまり手にしていなかった。だが出そうと言えばそれで出たりするものだからだ。
それでだ。彼は今こうも言ってみせたのだ。
周りもそこまで言われてはだった。行かざるを得なかった。彼等もそのローエングリンを観ることになった。そして太子もまた。
王と共にロイヤルボックスに入る。観客達の拍手と歓声に応えた後で着席してだ。そうしてそのうえで期待に満ちた眼差しで待っていた。
そこでだ。王がその太子に対して声をかけた。
「期待しているな」
「はい」
その通りだと答える太子だった。実際にその目は喜んでいるものだった。
「それは」
「そうか。しかしな」
「しかし?」
「私はあまり賛成できなかった」
王はここで難しい顔を見せた。太子とは対象的にだ。
「実はな」
「ワーグナーがお尋ね者だからですか」
「そうだ。だからな」
「それは大した問題ではありません」
太子は父王に対してもこう話すのだった。
「別に」
「大した、か」
「お尋ね者だからどうだというのでしょうか」
太子は言う。右手をしきりに動かしながら。
「それで何があるでしょうか」
「そこまで言える根拠はあるのか」
「あります」
断言だった。まさにそれだった。
「何故ならです」
「何故なら?」
「ワーグナーの芸術は何にも替えられないものだからです」
「それでか」
「はい、それでです」
断言する彼だった。
「ワーグナー。その芸術は比類なきものです」
「しかしだ」
王は怪訝な顔になった。そのうえで太子に対して問うのだった。
「そなたはまだワーグナーを聴いたことがないのではないのか」
「ピアノでいつも聴いています」
「しかしオーケストラではない筈だ」
王が指摘するのはこのことだった。
「それに舞台もだったな」
「はい、今日がはじめてです」
「しかしなのか」
あらためて太子に対して言う。
「それでもか」
「はい、それでもです」
「ワーグナーを知っているか」
「そうです。ですから私は」
「わかった」
王は太子の言葉だけでなくその真剣な顔を見てだ。ここでは頷いたのだった。
そうしてだ。顔を正面に戻してこう言うのであった。
「そなたは幼い頃からどうもな」
「何でしょうか」
「妙なところで頑固なところがある」
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