16部分:第一話 冬の嵐は過ぎ去りその十
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第一話 冬の嵐は過ぎ去りその十
「その通りです」
「あの男はお尋ね者だ」
王もこのことを知っていた。だから言及した。
しかしだ。同時にこうも言うのであった。
「だがフランツ=リストの働きかけもあった。そして劇場にもだ」
「劇場にも?」
「ワーグナーの信奉者がいてな。それでだ」
「何処にも真がわかる者はいるのですね」
太子は王の今の言葉を聞いて微笑みになった。
「真の芸術がわかる者が」
「真か」
「ワーグナーは真です」
ワーグナーそのものがだというのだ。
「ですから」
「そうか。それでか」
「はい、おそらくです」
太子は言った。
「この度の上演は神の裁量です」
「神がか」
「はい、神がこのミュンヘンにもたらして下さった恩恵なのです」
「大袈裟だとは思わないのか」
「いえ、思いません」
父の言葉もその微笑みで否定した。
「真は。必ず世に出るものですから」
「それでか」
「そうです。それでなのですが」
太子の言葉は続く。
「父上、ローエングリンの他には」
「タンホイザーの上演も決まっている」
もう一つ作品が出て来た。
「それもだ」
「左様ですか。タンホイザーも」
「それも観るか」
「無論」
太子の微笑みは変わらない。彼は言うのだった。
「是非共。観させて下さい」
「確かワーグナーははじめてだった筈だが」
「人は何事もはじまりからです」
太子はここでは世の摂理を述べた。
「ですが。そのはじまりこそがです」
「尊いというのだな」
「そうも考えます。それではです」
「観るか」
「観させてもらいます」
これが彼の返答だった。
「是非」
「わかった。歌劇を観るのも王になる者の務めだ」
教養としてである。これは歌劇というものがこの世に生まれた時からのことだ。劇や音楽は長い間王侯のものだったのだからこそだ。
「ではな。その時はな」
「有り難うございます。それでは」
こうして彼はローエングリンを観ることになった。はじまる前からだった。
彼は周囲にこう言うのだった。
「いよいよだな」
「ローエングリンですか」
「それを観られるというのですね」
「そうだ、全てはここからはじまる」
まるで恋人について語るかの様だった。
「何もかもがな」
「しかしワーグナーはです」
「今は何処にいるかさえ」
「色々とよからぬ噂もありますし」
「それはいいのだ」
太子はワーグナーの人間としての評価は気にしなかった。
「それはだ」
「左様ですか」
「それはなのですか」
「そうだ、いいのだ」
また言う太子だった。
「大事なのはその芸術なのだ」
「芸術なのですか」
「それこそがですか」
「そうだ。ワーグナーの芸術」
具体的に
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