魔王山
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爪を受けて、あっさり死んでしまっていたはずだ。
この時、実戦は殆ど初めてのはずなのに、あの訓練の日々は、私の精神面までも、鍛えてくれていたようだった。
しかし、冷静に判断しても、今のこの状況は絶望的だ。
やはり……なんとか逃げるしかない。
霧に紛れて、相手がこちらを見失ってくれることを祈る。
私に出せた結論は、そんなものでしかなかった。
悠長にはしていられない。
私は、ショートソードとは逆の腰に付けた予備の武器、短剣に手を掛けた。
こんなもので、まともに傷つけられる相手ではない。
それでも、一瞬でも隙を作れれば、それでいい。
私は、ヘルハウンドの眉間に狙いを定めて、短剣を投げつけ、そして、命中を確認せずに、一気に後ろに駆け出した。
相手が少しでも怯んでいる間に、一気に距離を取らなければならない。
とにかく、全力で駆けた。
必死に走りながら、後方を確認すると、ヘルハウンドは、しっかり後を追いかけてきていた。
短剣が当たらなかったのか、あるいは、結局、皮膚で刃が弾かれて、意味をなさなかったのか。
追いつかれれば、今度こそ、殺される。
まだ、死にたくはない、と強く思った。
しばらく前まで、いっそ殺してほしいと思っていた自分が嘘のように。
なぜだろうか?
ネモとの訓練の日々は辛かったはずなのに、それでも、それ以前までの、ただ流されるだけの人生とは明らかに違っていた。
生きている実感を、目標を与えてくれた。
彼──ネモにとっては、ただ魔王の指示だったとしても、その日々は、本当に私の心を満たしてくれていたのである。
だから、まだ死にたくはない。
どうして、止める彼を振り切って、意地を張って、こんなところまで来てしまったのか。
だが、今は、後悔している場合ではない。
もう一度、後ろを振り返る。
ヘルハウンドとの距離はさらに縮まっていた。
このままでは、追いつかれる。
なんとか、あの獣の足を止めなければ。
そう思った瞬間──。
景色が傾いた。
視界の悪いここで、後ろを気にして走っていた私は、道を踏み外していた。
しまった……!?
思った時には、もう遅かった。
急斜面に足を取られて、私の体は滑り落ちていく。
踏ん張ろうとしても、落ちていくのを止められない。
掴まる場所もない。
崖のような坂を、私はどこまでも転げ落ちていった。
私は知らなかった。
襲ってきた獣──ヘルハウンドが、この周辺では、殆ど絶滅している種だということを。
そして、それが現在、魔王領内で、軍用として飼われている獣だということを。
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