155部分:第十話 心の波その十三
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第十話 心の波その十三
それを聴いてだ。彼等はまた話すのだった。
「こんな音楽も聴いたことがないぞ」
「ワーグナーの音楽はこれまでも聴いてきたが」
「確かに独特の音楽だ」
「常に変わってきている」
作品ごとにという意味だ。彼はその作品ごとにだ。音楽を大きく変えてきているのだ。タンホイザーとローエングリンでもかなりの違いがある。
「だがそれでも」
「これは」
「どう言うべきか」
「和音なのはわかる」
「半階音だ」
「それをここまで使うか」
「何という音楽なのだ」
誰もが呆然となったまま話していく。そしてだった。
その評価はまちまちだった。賛美する者もいた。だが戸惑う者もおり批判する者もいた。だが王はだ。素直にこう評価するのだった。
「この作品は音楽を変えた」
「音楽をですか」
「それ自体を」
「そうだ、芸術を変えたのだ」
舞台が終わってからだ。彼は恍惚として周囲に話すのだった。
「それだけの作品なのだ」
「左様ですか」
「そこまでなのですか」
「トリスタンとイゾルデは」
「ショーペンハウアーだ」
王はこの名前を出した。
「彼のことは知っているか」
「はい、哲学者ですね」
侍従の一人が答えた。
「随分厭世的な思想の持ち主だとか」
「そうだ。彼の哲学は厭世的だ」
まさにそうだと述べる王だった。
「厭世哲学なのだ」
「その哲学者が何か」
「あの作品と関係があるのですか」
「そうだ、ある」
その通りだというのだ。
「あるのだ。その厭世観が作品にそのまま出ているのだ」
「だからですか。あそこまで死を賛美した」
「それでだったのですか」
「生を厭っていたのは」
「だからこそ」
「死は絶対のものだ」
王はだ。また遠くを見る澄んだ目になって述べた。
「その先にある愛もだ」
「絶対なのですか」
「その愛は」
「魂は不滅だ」
王はこうも言った。
「それは永遠にあるものだ」
「神の教えによるとですね」
「魂は不滅」
「その通りです」
キリスト教の教えである。それに基づいてだとだ。周りは思った。
しかし王はだ。こう言うのであった。
「私にはわかるのだ」
「陛下にはとは」
「神の御教えによるものではなくですか」
「陛下がですか」
「おわかりだというのですか」
「そうだ、私にはわかるのだ」
遠くを見る目のまま語る。
「そのことがだ。それでだ」
「それで?」
「それでとは」
「トリスタン。彼だが」
今観たばかりのオペラの主人公の名前をだ。ここで出した。
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