暁 〜小説投稿サイト〜
永遠の謎
152部分:第十話 心の波その十
[1/2]

[8]前話 [1] 最後 [2]次話

第十話 心の波その十

「この時が来たか」
「はい、それではですね」
「今から歌劇場に向かわれますね」
「あの場所に」
「無論だ」
 当然だとだ。王はすぐに侍従達に述べた。
「それではな」
「はい、それではです」
「どうぞこちらへ」
「案内致します」
「既に何度かリハーサルを聴いている」
 そして観ていたのだ。
「だが。それでもだ」
「それでもですか」
「初演はですね」
「違いますか」
「そうだ。違うのだ」
 こう話すのだった。王はだ。
「初演は。本物の舞台は」
「そこには何があるのでしょうか」
「それでは」
「全てがある」
 これが王の返答だった。
「ワーグナーの芸術があるのだ」
「それが全てなのですか」
「そうだ、全てだ」
 また述べる。王の言葉は変わらない。
「この世の全てがだ。ワーグナーの芸術にはある」
「そこまでのものだと」
「あの人の芸術は」
「まことに思う。誰もが観るべきなのだ」
 王の言葉は静かだ。だがそこに熱もあった。静かな熱がだ。
「それの前にはだ。俗世のことなぞ」
「俗世は」
「どうなのでしょうか」
「些細なものだ」
 そうだというのだ。
「ほんのな。些細なことなのだ」
 何気にだ。ワーグナーを取り巻く環境について述べていた。
「何を気にする必要があるのか。芸術こそがこの世で最も尊いものなのだ」
「そしてそれを今から」
「御覧になられますか」
「そういうことだ。では行こう」 
 王は立ち上がった。己の席から。
「その運命の舞台にだ」
「はい、それでは」
「今から」
 こうしてだった。王はそのトリスタンとイゾルデの初演の舞台に向かったのだった。彼は歌劇場のロイヤルボックスに入った。するとだ。
「おお、来られたぞ!」
「陛下だ!」
「陛下が来られたぞ!」
「太后様もご一緒だ!」
 二人でロイヤルボックスに入る。既に入場している観客達が二人を迎えた。
 万雷の拍手を受ける。だが王はそれに対してはだ。今一つ浮かない顔だった。
 それを見てだ。母はここでも王に尋ねた。
「拍手に応えるのです」
「はい」
 手をかざしてその拍手と出迎えに応える。しかしだった。
 王の顔は浮かないままだ。その顔を見てだ。母はまた我が子に言った。
「どうして浮かない顔をしているのですか」
「見られているのがです」
「嫌だと」
「誰もが私を見ています」
 そのことを言うのだった。
「それがです」
「それも王の務めです」
「務めだと」
「王は常に見られるものなのです」
 そうだとだ。我が子に話す。その間にもだ。観客達はオペラグラスまで使ってである。王の姿を見ている。一挙手一投足までだ。
 それでだ。王は己の席に座りながらだ。こう話
[8]前話 [1] 最後 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ