150部分:第十話 心の波その八
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第十話 心の波その八
「感じていないと言えば嘘になる」
「やはりそうですか」
「そうだったのですか」
「言われてみればそうだ」
その通りだというのである。
「私は今幸福も感じている」
「憂いのある幸福ですか」
「それをですか」
「感じられていますか」
「この二つは共に存在できるのだな」
王は今はじめてこのことがわかった。自身でそれを感じてだ。それでわかったのである。
「不思議なことだな」
「そうですね。それは確かに」
「憂いは本来悲しみに近いです」
「しかし幸せとも共存できる」
「それは確かに不思議なことです」
周りはまた王に話す。彼等にとってもだ。これまでその二つは共に存在できるものではなかった。しかし今そのことがわかったのである。
その中心にいる王はだ。ここでこうも言った。
「待つ憂い。待つ楽しみ」
「その二つですね」
「それが今」
「私は今その中にいる」
王の言葉が続く。
「ワーグナー。彼の芸術を待とう」
「それでは今は」
「待ちましょう」
こうしてだった。彼等は今は待つのだった。そうしてなのだった。
眠れぬ夜をだ。今夜は一人で過ごした。青年達はいなかった。
そして朝になった。だがそこに眠気はなかった。
「眠れなかったようですね」
「はい」
朝食の時間に母に答える。
「実は」
「今夜のことで、ですね」
「おわかりですか」
「既に知れ渡っていますので」
母は落ち着いた声で我が子に告げた。
「それはもう」
「そうでしたか」
「はい、そして」
「そして?」
「今夜はあのオペラをですか」
「母上も同席されますね」
王はいささか疲れの見られる、徹夜故にそうなった顔で母に問うた。
「今夜の舞台に」
「はい」
一言で静かに答えた。
「そうさせてもらいます」
「それは何よりです」
「ですが。舞台ではです」
母は静かな口調のままで王に述べていく。
「何が起こるかわからないとだけ言っておきます」
「どういうことでしょうか」
「舞台だけではないのですから」
今度はこう告げるのだった。
「観客席もあります」
「観客ですか」
「貴方だけが観るものではない」
王の顔を見てだ。言葉を続ける。
「そういうものなのですから」
「彼の芸術はです」
「誰もが理解し感動するものだというのですか?」
「それは」
「そうですね。理解できない者もいます」
口ごもった王にまた告げた。
「それはわかっていることです」
「不幸な話です」
王は溜息と共に述べた。
「あの素晴しさを理解できないということは」
「芸術は主観です」
「主観だと」
「そうです、主観です」
それだというのである。
「主観だからこそです」
「そ
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