魔王領の日々
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こいつを殺したいんだろ? 代わりに俺が、手を汚してやってんだよ」
言いながら、彼は、私の肩を蹴った。
「魔王様は、そいつを鍛えることを望んでいる。もし殺せば、お前が罰を受けることになるぞ」
ネモは、あくまで冷静に、そう返した。
この人には、そんなに、魔王の命令が大事なのだろうか?
憎い相手に無理して向き合わなければ、いけないほどに。
「クールだな、ネモよお……。お前、あんまり調子に乗ってんじゃねえぞ」
それまで、人を小馬鹿にするように喋っていた、ルンフェスの口調が変わった。
「お前が面倒を見た連中が、偶然、手柄を立てただけのくせに、勘違いしてんじゃねえよ」
彼が本当に気に入らなかったのは、ネモだった。
私のことなど、実際はどうでも良いのだろう。
この時、初めて気づく。
「その通りだな。あいつらの手柄は、あいつらの努力によるものだ。俺の手柄じゃない」
「スカしてんじゃねえよ! お前自身は弱っちいくせにな!」
ルンフェスは、剣の切っ先をネモに向けた。
「抜けよ。俺が身の程を教えてやる」
だが、ネモは剣を抜かない。
「魔王領内での私闘は禁じられている」
気が付けば、城内の兵士数人が、何事かと、様子を見ていた。
ルンフェスも、それに気づいて、舌打ちすると、剣を収めた。
「腰抜けが、命拾いしたな」
最後に、そう言い捨てて、城内へと消えていった。
「立てるか?」
倒れている私に、ネモがそう声をかけてきた。
「……うん」
答えて、ゆっくり体を起こす。
立ち上がる時に、彼は手を貸してくれた。
「その様子なら、歩けるな? 付いてこい、手当てしてやる」
その言葉が思いのほか優しかったので、私は少し面食らった。
ネモは、私を恨んでいるの?
聞きたくて、でも、結局聞けないまま、手当ては終わった。
「手当てが済んだら、訓練を再開するぞ」
あんな目に遭ったのに、今日はもう休んでいい、とは言ってくれなかった。
優しさを感じたのは、僅かの間だけ、彼はどこまでも厳しい。
やはり、私は恨まれているのかもしれない。そう思った。
実際は、彼は職務と私怨を混同するような人ではないのだが、この時の私は、まだそれを知らなかった。
その日も、後に続く訓練は厳しく、疲れ果てた私は、悩むことも忘れて眠りについた。
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