145部分:第十話 心の波その三
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第十話 心の波その三
「それはどうなのですか?」
「女性の好みですか」
「そうです。美しい同性を愛するのもいいでしょう」
このことは母も知っていた。そしてそれは仕方ないと諦めてもいた。同性愛が欧州では受け入れられないものだとわかっていてもだ。我が子のそうした嗜好が最早止められないものだとわかっているからだ。
「ですがそれと共にです」
「女性もまた」
「愛さなくてはなりません。それではです」
ここまで話してだ。また問うのだった。
「貴方は。どういった女性が」
「お話したことはあったでしょうか」
王は言葉を一旦置いてから述べてきた。
「私はです」
「また彫刻の様なというのですね」
「そうです。そうした女性が」
「それがわかりません」
母は顔を曇らせてその言葉を返した。
「彫刻を愛してどうするのですか」
「私は女性はどうしてもです」
王は顔を曇らせた母にまた述べた。
「動く女性。話す女性は」
「動き話すからいいのではないのですか?」
「舞台の女性ならいいのですが」
こんなことも言う王だった。
「そうした女性ならば」
「またワーグナーですね」
「エルザです。ああした女性ならば」
「ならばエルザですね」
母はたまりかねたような感じで話をまとめた。自分で強引にだ。
「あのローエングリンのヒロインですね」
「彼女ならおそらくは」
「あくまでローエングリンですか」
母の言葉は呆れた感じになっていた。そうした我が子にだ。
「貴方は。何処までもワーグナーなのですね」
「それはよくないでしょうか」
「悪いとは言いません」
母はそれは否定した。きっぱりとだ。
「芸術を愛し護ることも王の務めです」
「だからこそですね」
「ですが。貴方のそれはです」
「耽溺ですか」
「そうなっていませんか」
我が子の目を見て問う。何処までも青く澄んだ、ローエングリンが来た川の如き青をだ。
「果たして」
「そうではないと思いますが」
「ですがローエングリンなのですね」
「はい」
このことは変わらなかった。
「私は。あの騎士になりたいのです」
「それはわかりました。それではです」
「エルザを迎えます」
「いいでしょう。ですが」
「ですが?」
「あのオペラは私も何度か観ました」
我が子である王に付き合ってだ。そうして観てきたのだ。
「確かに素晴しい作品です」
「そうです。あれこそが真の芸術です」
王の言葉に熱が宿る。
「あの白銀の騎士と空と海の青、あの二つの色もまた」
「素晴しいです。ですが」
「ですが?」
「エルザはローエングリンと結ばれていません」
母が指摘したのはこのことだった。
「彼の名前を聞いてしまいそのうえで」
「はい、そうです」
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