ヴィレント
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まらなかったが、恐怖で声は止まった。
私が黙ると、兄は掴んでいた手を放し、再び横になった。
その日の夜、私は、部屋の隅で、嗚咽が漏れぬよう、声を殺して泣き続けた。
翌朝、兄は早くに出かけていった。
その時、私は、このまま、捨てられてしまうのだろうかと思った。
しかし、意外にも、兄はすぐに戻ってきた。
昨夜のことに、謝るでも、怒るでもなく、いつものように無言でパンの袋を投げつけると、部屋の反対側で横になった。
投げ突けられた袋を受け取り、しばし呆然としていた私だったが、もはや空腹が限界に達していたため、後は何も考えられずに必死にパンを貪り、そして眠った。
これが悪夢のような日々の始まりだと、私は想像もしなかった。
昨夜の出来事は、何かの夢だったのだろうと、鈍った思考で、呑気に考えていた。
この日を境に、兄は何かと私に暴力を振るうようになっていった。
そして、私には、兄が何を考えているのか、わからなくなっていった。
私を殺すでも放り出すでもなく、食料を用意し、でも、気に入らないことがあれば、たびたび殴りつけた。
酷い時には、髪を掴んで引き摺られたり、腹を蹴られたりもした。
泣き喚くと、さらに酷い目に遭うため、黙って必死に耐えるしかなかった。
私は、兄に怯え、機嫌を損ねぬよう、口数は減っていった。
今だから言えることであるが、兄が悪いわけではない。
兄もまた、私より4つ年上というだけで、幼くして、過酷な生活を強いられていたのだ。
兄は、12歳の身で、1人で2人分の食料を稼ぎださなければならなかった。
危険な仕事も沢山受けたのだろう。盗みを働いたこともあったのかもしれない。いつもぼろぼろになって帰ってきた兄の姿を思い出せば、想像できる。
でも、その時の私は、そんな苦労も想像できないほど幼くて、兄を労うでも、支えるでもなく、ただ待つだけしかしなかった。
兄とて、自分1人で生きていくだけなら、いくらか楽だっただろう。私さえいなければ、と考えたこともあったのかもしれない。
だから、大人になって思い返すと、私は兄を責められない。
だが、8歳の私にも、これ以上何かができたとは思えない。
これは悲劇である。私達兄妹に起きた、どうにもならない、避けようのない悲劇。
そうして、私達の関係は、修復不能なほどに歪んでいった。
私にとって地獄のような、この日々は、この後、5年も間続いたのである。
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