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或る皇国将校の回想録
第四部五将家の戦争
第六十八話 民間の愁ふるところを知らざつしかば
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 もはや何もかもが画一化されていた。唱える言葉もそれに込められた感情すらも。
「同胞解放を!臣民らが奪われた土地を!誇りを!取り戻す為に!我々は宣言しましょう!我らの故郷があの圧制者達から解放されるその時まで戦い続けることを!我々は皇土解放同盟として団結し、戦い続けましょう!〈帝国〉軍が消えうせるその日まで!」
 会場は既に一つの感情を煮立てる釜になっていた。そして観衆たちはその一つの釜から怒りを食む同胞へと既に変貌している。




 ようやく解放された平川は劇場から少し離れた茶屋でようやく張りつめていた緊張の糸を緩めていた。
「あー‥‥‥あー‥‥‥」
 呻きながら手拭いで顔を拭いた、空気に中てられかねないほどの“異様な”熱気だ。
人として感情に酔う事は得難い快楽である。だがあのような熾烈で暴力的な感情の爆発、扇動はかつて匪賊征討で血を流した退役軍人をして吐き気を催させるほどのものだった。
弱さを武器として独善と排他に酔い、強きと名指した相手を挫くべしと煽り立てる。
 平川がかつて武器を向けた匪賊の首魁のそれと本質的には何ら変わるものではなかろう。群衆が自身らにとって都合良く持ち上げるか否かの違いに過ぎない。
 無論、そうせねばならぬ時もあるのはわかる、だがそれでも自身が受け入れられるかといえば話は別だ。
「失礼、お隣をよろしいですか?」
ふらりと現れた男が声をかけてきた。見覚えはあった。弓月伯爵に付き従っていた秘書官だ。細身の体を藍色の着流しで包んでおり町方に溶け込もうとしている。
 平川がいい加減に頷くと風を立てずに毛氈に腰掛けた。
「如何でしたか?あの集会は」

 「気分が悪いですね。あの将校が語ってみせた現実は確かに現実です。ですがそれを利用してあの手の他人に自分が正しいと信じ込ませるような連中は碌な結果をもたらさないと思います。誰よりもそれを信じ込んでしまった人にとって」

「あなたはそう思いますか――なるほど、いや、なるほど」
 やけに浮ついた声でなるほどなるほどと繰り返す隣の男は平川の沈黙をなんとうけとめたのか、先ほどまでの生真面目そうな顔で頷いた。
「いや貴方は良い見識を持っていらっしゃる。そうしたご自身の観点を持っていらっしゃるのは実に素晴らしい事です」

「それはどうも――しかしアレは誰が考えたのでしょうか?」

「さて?」

「あれほどに手早く場所と人を用意できたという事は後ろ盾が居るという事ですよね。それに随分と手立ても整っている。専門家が携わっていなければあのように快適に酔う事はできない」

「そうかもしれませんな」
 顔つきは仕事をさぼっている町人のそれのままであるが声の裏に鋭いものが漂いはじめた。

「貴方達は――なぜ私をあそこに送り込んだのでしょ
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