114部分:第八話 心の闇その四
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第八話 心の闇その四
「あの方は私ではない」
「違いますか」
「もう一人の私ではなく」
何かというのだった。それは。
「エルザだ」
「エルザですか」
「そうだ、あの方はエルザだ」
それだというのだ。ローエングリンのヒロインだというのだ。白銀の騎士に座れるブラバントの姫、王はそれだというのである。
「私は騎士を生み出すが」
「あの方はですか」
「そうだ、エルザなのだ」
またこう言うワーグナーだった。
「むしろな」
「陛下は姫なのですか」
「私にはそう思える」
「ですが。あの方は」
「確かに男性の方だ」
あまりにも男性的なのが王だった。美麗な意味で。
「だが、御心は」
「女性ですか」
「そう思えるのだ。だからローエングリンを愛するのではないのか」
「あの白銀の騎士を」
「そう思えるのだが。どうだ」
「さて。それは」
そう言われてもだ。ビューローにはわからないものだった。もっと言えばそれは感じるには足りなかった。ビューローですらだ。
「私には」
「感じられないか」
「はい」
その通りだというのだった。
「申し訳ありませんが」
「謝ることはない」
それはいいとするワーグナーだった。
「だがな」
「それでもですか」
「あの方もそれに気付いておられるだろうか」
王に対してだ。深い考えに至るのだった。
「御自身で」
「どうでしょうか。それは」
「あの方は青年を愛される」
王のそうした嗜好は既に知られていた。王に女性の話はなかった。
「そこがだ」
「先生とは違いますし」
「それにだ」
「それに?」
「あの方のその想いはだ」
そのことについても話すのだった。
「やはりな」
「女性のものですか」
「ローエングリンだと思われている」
そのオペラの主人公である白銀の騎士であるとだ。王自身は思っているというのである。しかしそれが、というのである。ワーグナーは指摘する。
「だが。実際はだ」
「エルザですか」
「御心は男性のようで男性ではない」
「女性だと」
「人は誰でもだが」
ここからはだ。ワーグナーがこれまで培った学識において述べられる。偏ったところはあるが彼の知識と教養もかなりのものなのだ。
「男性的なもの、女性的なものをそれぞれ持っている」
「聖なる愛も欲なる愛もですね」
「私はかつてそれを描いた」
何の作品かというとであった。それは。
「タンホイザーでな」
「そうでしたね。それは」
「そうだ、描いた」
まさにそうだというのだ。ワーグナーは今は絵画的に語っていた。
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