暁 〜小説投稿サイト〜
幻影想夜
第二十九夜「暁月夜」
[1/3]

[8]前話 [1] 最後 [2]次話

「風が騒がしい…。」
 そう洩らしたのは、藤原定成という中流貴族の男であった。
 そこは彼が建てさせた小さな庵で、彼はそこで和歌と琵琶に明け暮れるような…謂わば世捨て人の様な暮らしをしていた。
 理由は…先に起きた戦が原因であった。
 その戦が終わり、未だ三月と経っていない…。戦場には兵や巻き込まれた民の亡骸が転がり腐臭を放ち、そこに鳥や獣が集まっては腐肉を喰らう…。
「何故…戦などしたのか…。」
 彼は考える…しかし、直ぐに思考することを止めた。
 所詮、権力による争いなのだ。そこに民が巻き込まれただけの話…。
 一度戦が起これば、対する何方かが倒されない限り収まらず、家屋のみならず、大切に作り上げた田畑まで荒らされてしまう。田畑が荒らされれば、当然、作物を収穫出来ずに、民は飢えて餓死する者も出る…。
 そんな事さえ考えず、権力者は当たり前の様に戦をしては全てを荒らし回るのだ。
「全く…何と無意味な事か…。」
 風向きのせいか、この庵にも死者の匂いが漂ってきている。
 これもまた、人の道なのか…それとも、人外の大いなる何かがそう仕向けているのか…。


 明けやらぬ

  うきし夜に降る

   星影も

 いずれは消えし

       人の道かな


 定成は障子戸を開き、暁に掛かる空を見上げてそう詠んだ。
 何もかもが無常に思え、自らも無意味ではないかと侘しく思った。
 すると、何処からともなく、風に紛れて笛の音が聞こえてきた。
 その響きはどこまでも曇りなく、秋虫さえも呼応するかの様に鳴き出した。
 彼は暫し、その音色に耳を傾けていたが、ふと…その音色に聞き覚えがあることに気が付いた。

ーまさか…な…。ー

 彼はその笛の音に、古くからの親友を思い出していた。だが…もうその音を聞くことも…会うことさえも出来ないのだ。
 その親友…在原良樹は、先の戦で命を落としていたのだから。
 先の戦では、多くの命が失われたが、良樹は最前線で戦って命を落とした。亡骸は未だ、その戦跡に野ざらしになっている筈である。
 死者を集めて埋葬する者など居らず、荼毘に付す時代でもなかった。言うなれば、それが自然だったのである。
 定成はそれを思うと居た堪れない気持ちになった。
「武の家であった故に…いや、戦などなければ…。」
 また同じ事を考える自分に、定成は嫌気が差してしまった。
 そんな堂々巡りに小さな溜め息をつくや、彼は立ち上がって奥から琵琶を持ってきて座った。
 彼は未だ響き続ける笛の音に、かつて親友とした様に琵琶を爪弾き始めた。
 許されるならば、このひとときだけ…親友が生きているのだと思わせて欲しかったのだ…。
 二つの楽の音は優しく重なり、夜と朝との狭間にある空へと溶
[8]前話 [1] 最後 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ