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幻影想夜
第二十九夜「暁月夜」
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けてゆく…。
 生くることは辛く、侘しく、寂しく…なんと苦痛の多いことか…。
 定成はただただ…笛の音に合わせて琵琶を奏でる。そして、親友と過ごしたかの日々を振り返って…涙した…。

ー何を嘆く。ー

 ふと…近くでそう声を掛ける者があった。
 定成は驚いて演奏を止めて顔を上げると、そこには…親友の良樹が立っていた。
「…お前、生きていたのか…!?」
 定成は嬉しさが込み上げ、立ち上がって彼を抱き締めようとしたが…それは叶わなかった。腕は空を切るように…親友の躰を擦り抜けてしまったからだ…。

ー済まん…私はもう死んでいるのだ…。こうして会うのも、本来ならばいかんのだが…お前が余りにも寂しげにしているものだから。ー

 目の前の親友は、そう言って苦笑した。
 生前と全く変わらない…あんな酷い戦で命を落とし、躯は未だ風雨に晒されていると言うのに…。
 それがどうして…自分が余りにも落ち込んでいるからと、無理をして会いに来てくれたのだ。
「そうか…やはり、死んでいたのだな…。全く、こんなにも早く逝く奴があるか!」
 定成は涙を堪えて怒った。
 仕方の無いことは理解している…。上から命が下れば、それに従わなくばならないのだから…。
 だが…言わずには居れなかった。
 そんな定成の心を知ってか、良樹は笑みを浮かべて定成…親友へと返した。

ー誰も恨むな。力とて永遠ではないのだ。人の命が永久ではないようにな。だから…自らを卑下するのは止せ。なぁ、我が友よ。ー

 そう言うや、良樹の姿はふっと…暁の闇へと消えてしまったのであった…。
 定成は力が抜けたかの様に座り、溜め息をついて…もう消えてしまった親友へと言った。
「私は…そんなに心配される様な顔をしていたか…?」


 夜になれば

  月も名残て

    朝ぞくる

 うくも流るも

      人の道かな


 定成の声に答えるかの様に、そう聞こえた様な気がした…。
 夜になってしまえば、すぐ朝になってしまうものだ。月さえも名残惜しげに…。浮かぶも流れるも自然の摂理なら、あれこれと憂いても、また全てに身を委ねてもさしてかわらず…それもまた、人の道なのだろうさ。
「全く…良樹、お前らしいなぁ。」
 定成はふと…笑みを零した。

 彼…良樹は悲しみに暮れてほしくはないのだ。ただ、楽しかった思い出を、色褪せさせないでほしいのだ。
 確かに、彼は望まぬ戦で命を落とした。だが、自分はこう生きたのだと…そう言いたかったのかも知れない。
「そうだな…此処で悲しんでいても仕方無し。旅にでも出ようか…。」

 定成はそう呟くと、白み始めた空に掛かる有明の月を見つめた…。




                  end

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