閑話:帰りを待つもの
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ても幸せで。
両親も嬉しいし、何よりもマウアも嬉しい。
そのために、マウアは満足しない。
兄が戻ってくる――その日まで。
+ + +
「今回の試験は少し難しかったですか。けれど、勉強をさぼっちゃだめですよ。皆さんはこれから立派な人間になって、憎き帝国を打ち破らなくてはならないのですから」
教壇の上で、きつい瞳をした三十代の女性が問いかけるように話をしている。
勉強しないと、帝国の悪い奴らに殺されると――口癖のように呟く教師のセリフは、まだ初等科の生徒に教えるにはいささか厳しい言葉だった。
性格もきつく、時にはヒステリックに声を荒げることから、生徒たちには悲しいことに鬼婆と呼ばれている。
最も教師たる彼女がそれほどまでに帝国を憎む理由は、婚約者を帝国軍によって失うことになったという噂もあったが、まだ十歳ほどの子供たちが、真実かどうかなど分かるはずもない。
ただそれでも子供ながらに理解できるのは、戦争で婚約者が亡くしたという噂は、決して珍しいものではないということ。
そして、件の教師が四十に近づいても、いまだ独身であるという真実だけだった。
「では、テストを取りに来てもらいます。アイラ・オーウェン――」
五月も半ばの、最初の試験。
まだ小学生では試験という事にも、それほどまでの絶望はないかもしれないが、彼女の受け持つ教室では意見は大きく変わるだろう。
立ち上がって受け取りに来たポニーテールの少女が来れば、
「41点――初等科一年の教科書をもう一度読んできなさい」
冷たい言葉とともに発表される点数とお説教。
もしここにアレスがいたら、まさかのじゃがいもと口にしたであろうし、アッテンボローであったならば、彼女を間違いなくヒステリックにさせる余計な言葉を呟いたことであろう。
もっとも、呼び出される初等科の生徒ができる抵抗といえば、謝ることか落ち込むだけでしかない。
返却された答案を受け取って、厳しい言葉を受けた少女は素直に反省したように、自席に戻った。
「次、アリス……」
呼ばれる名前は、Aから始まる数字だ。
次々に呼ばれる名前に、教師の評価は一切ぶれない。
八十点以上の好成績であれば、褒め、下回れば容赦ない指導が口にされる。
それはいつものことで、彼女が受け持つクラスの伝統ともいえた。
自分の名前が呼び出される順番を待ちながら、教壇の前で一喜一憂する同級生の姿を見送る。
「次、マウア・マクワイルド」
「はい」
声を出し、マウアは立ち上がった。
毛先を首元で整えたショートボブの髪型は、アレス同様に金色だ。
気が強そうな力強い瞳が印象的な容姿であるが、兄が与えるような目つきの悪い印象は、女性ともなると意思の強さとなるらしい。
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