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彼願白書
逆さ磔の悪魔
インシデント
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た。
明石が静かにドアを開けて入ってきたのは、まさに金城がやり場のない怒りに震えた瞬間だった。

「提督、ノイズがキツいものの『みのぶ』からのコールを確認しましたが……こちらからの通信は届かないようです。」

「そうか。もういい、あとは基地設備の復旧と基地航空隊の準備に専念してくれ。」

「わかりました。」

明石はその報告だけ終えると、そそくさと執務室を出ていく。
彼女の言葉で、金城はまたひとつ確信したことがある。
そして、怒りの温度もまた上がった。

「大淀……『みのぶ』はおそらく、俺達がどうなっているのかを把握している。いや、この事態もアイツの想定内……ちげぇな、予定内のことだろうな。」

「まさか。彼は二十年近く、この海から遠ざかっていたハズですよ?」

「じゃあ聞くがよ?」

俺達の二十年には、この海があったか?

金城が窓越しに見ている海、それは見た目には日差しを波間が弾いて白く輝く明るい海だが、実際には一寸先の保障もない闇夜航路だ。

「こっちがリバースド・ナイン本体を狙うそのタイミングで、自身は迎撃に専念して時間稼ぎをしている間に、基地へ直接攻撃を仕掛け、主要な通信機器、電探、どちらもピンポイントに潰して、その上にサブ手段を封じる空電ノイズだけを出して雲隠れ。ここまでやる奴、こんなことを狙って出来る深海淒艦を、俺達はかつて相手にしたことがあったか?」

「通信設備が唯一脆弱だった、それだけです。他への被害はほとんどありません。今も、ここの守りは堅牢です。反撃の用意も、着実に進めています。」

「……今は、籠城の一手か。」

想定はしていた。
この鎮守府は、抵抗と籠城に関しては、内地の全艦隊を差し向けられても凌ぎきれると自負している。
しかし、実際に籠城を選択する日を待ち望んではいなかった。
そうなった場合、単独では逆転の目が薄いことくらいはわかっていた。
今も、待ちという時間の流血を甘受するしかない現状が苛立たしい。

「提督、今は休まれたほうが」

言いかけた大淀を制して、金城は窓の外を見る。
金城はまだ、外を見ておきかった。
この明るく静かな水面の輝く、嵐の吹き荒ぶような地獄のような海を、少しでも理解の範疇に収めたかった。

恐らく、この海が。

そう思うと、金城はこうして執務室にいることすら本来なら我慢ならないのだ。
好奇心、というより、強迫観念だろうか。
目の前に今、広がっているこの海を知り尽くしておきたい。
知っておかなければ、と思うのだ。
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