西暦編
第四話 あの日C
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弁明を聞き流しながら、士郎は思わず息を吐く。
投影を見られてしまったのは致命的なミスだったが、少なくとも今この瞬間に詰問されることは避けられそうだ。士郎にはまだやるべきことが残っている、無駄にできる時間はない。
「藤ねえ。少し動くぞ、走れるか?」
「ん? 士郎、私を誰だと思っているのかね? 竹刀を握れば剣豪無双、冬木一の美人教師、藤村大河に死角はないわッ!」
盛大に啖呵を切られたが、その足元は覚束ない。
「……はぁーー、分かった。時間もないし、今回だけの特別サービスだからな」
「ん、んん? おぉぉおおお……!? 士郎、あんたいつの間にこんな立派にッ!!」
「はいはい。ちょっと走るから、しっかり掴まっててくれよ」
横抱きに抱えられて、妙なテンションになる虎。
そのまま駆けだした士郎が異常な速度を出していることにも気づかず、微妙に呂律の足らない言葉を続ける。
「なんか感動ね。あんな小さかった士郎が、こんなにも大きく……」
「舌を噛むから、あんまり喋るなって。柳洞寺に着いたら絶対出るなよ、今外はだいぶ危ないんだからな」
「うーん……それは、フリ?」
「フリじゃないから!! ここは大人しく待っててくれ、藤ねえ!」
突然、大河の動きが止まった。
訪れた静寂に、士郎の言葉も止まる。二人が黙ってしまえば、無人の住宅街に響く音はない。
強化された士郎の足が、舗装された道を駆け抜ける。途中で化け物に出くわすこともなく、山の麓も目前に迫った時、
「……ねえ、士郎。さっきの言葉について、お姉ちゃんから一つだけ聞きたいことがあります」
「うん、なにさ」
「士郎、ちゃんと帰ってくるのよね? 待っていたら、戻ってくるのよね?」
それは、交わさなければならない約束だった。
小さく静かな、けれども誤魔化しの利かない問いかけに、
「ああ……帰ってくるよ、必ず」
衛宮士郎は、欠片も迷うことなく頷いた。
数瞬後、未遠川の上を一つの影が通り過ぎた。
新都で行われる一方的な蹂躙は、間もなく、その攻守を入れ替えられることになる。
円蔵山の攻防も、今まさに佳境を迎えていた。
桜の額に汗が滲む。
結界の維持は、想像以上に彼女の魔力を奪い去った。彼女の行使できる魔術の程度は、どれほど無理や無茶を重ねた所で、姉である凛に匹敵するのが限界である。これは桜の魔術回路の問題で、結界をフル稼働させればそれだけで手一杯になってしまう。
だから、彼女は小さな工夫を施した。
ほんのささやかな、思いつけば誰でもできるような工夫だ。それを実行できる度胸があれば、という前提付きではあるけれども。
「――――来た」
山中の宝石に手をかざしながら、桜は張り巡らせた監視の網に敵がかかったのを感じた。
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