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整備員の約束
6. 香煙
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 俺の返事を聞いた木曾の、口の端がニッと上がった気がした。

 まずは魚雷発射管。全体の汚れをキレイに落とし、一門ずつ動作を確認していく。こいつは重雷装巡洋艦だから、魚雷発射管の調子はこいつ自身の戦績にダイレクトに関わる。

「おい木曾、ここちょっと凹んでるぞ」
「この前それでタ級を殴り殺したからな」
「無茶するぜ……んじゃここのくぼみもか?」
「それはル級の砲撃を防いだときのくぼみだな」
「魚雷が誘爆したらどうするんだよ……ホント無茶だな……」

 損傷している部分は、一度ばらして部品を取り替えた。潤滑油をさし、木曾に動きの感触を確認しながら、再び組み立てていく。

 その間、木曾は俺の仕事を眺めていた。時折覗き込み、そして時には遠目から。

「……なぁ木曾」
「……あ?」
「これは……」

 普段は整備中でもあまり目をつけない、太ももへ装着する時に使う革ベルトの部分……そこに、小さくハートマークが描かれていることに気付いた。

「……あぁ、それはこの前、まるゆが落書きしたやつだな」
「ぷっ……お前の艤装にハートマークかよ……」
「笑うな。……まるゆが言うには、俺には女らしさが足りないんだとさ」
「……」
「だからせめて可愛いハートマークで、俺の女子力を上げてやるって言ってたな」
「……」
「……なんだよ」
「なんでもねーよ……」
「?」

 実際、こいつは何もしなければ女を感じる瞬間なんてない。普段出してる腹以外は、むしろ男の範疇に入る。

 ……でも、なんだろうな。俺の感覚としても、女というよりは悪友……男のダチという感覚が強いが……

――……これがお前の匂いなんだろ?

 俺だけだろうか。こいつは時々、妙に女を感じる瞬間がある。そのことに木曾自身が気付いてるのか……はたまた意図的にやっているのかは、俺にはさっぱりわからない。

 ……だが、こいつから女を感じる時、こいつは誰よりもいい女になっている。

 あるいはそれは、これが木曾の艤装に出来る最期の調整だから……なのかもしれないが。

「なぁ木曾」
「あ?」
「今夜の作戦、難しいのか」
「なんだよ。最後だからって珍しく心配してんのか?」
「いや……まぁ生きて戻ってくるなら、それでいいんだが」
「わからんね。どれだけ調子がよかろうが、死ぬ時は死ぬ」
「こういう時は『生きて戻ってくる』って約束するもんだろうが」
「無責任にそう言えれば楽なんだがな」
「まるゆみたいなことはもうごめんなんだよクソが」
「……」

 いつもの軽口だが、その応酬が、どこか俺の胸に刺さる。秋風が胸をすり抜ける感覚といえばいいのだろうか……どこか、穴が開いてしまった感覚に近い。

 俺の軽口の間も、俺が艤装に視線を落と
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