5. 残煙
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その違和感は分かる。
「なんだお前、聞いてないのか」
「何をだよ」
次の同僚のセリフを聞いた時、俺は、あの日提督さんが泣きそうな笑顔を浮かべていたときの気持ちを、初めて理解出来た気がした。
「あいつ、昨日の出撃で轟沈したぞ」
仕事が手につかないながらも、木曾の艤装の調整だけはなんとか終わらせたその夜。俺はいつもの小料理屋に作業着のまま足を伸ばした。特に示し合わせはしていないし、今日は顔すら見ていない。だが、今日は確実にあいつがいる。そんな確信があった。
引き戸を開き、店内に入る。カウンターにはいつものように提督さんが一人だ。そして……
「……よぉ徳永」
やはりいた。木曾はカウンター席に座ってこちらに背を向け、俺の方を振り返るでもなく、まっすぐ前を向いていた。木曾の前にあるのは、いつもの徳利とおちょこではなく、コップに注がれた牛乳と、大皿に盛られたポテトチップス。あの小僧が、いつも頼んでいたやつだ。
何も言わず、無言で木曾の右隣に座る。俺の視界に入る木曾の横顔は、目が眼帯で隠れて、こいつが今どんな表情をしているのか、まったく分からない。
「徳永、今日からタバコは気にしなくていいぞ」
タバコを吸う俺からしてみれば嬉しい言葉のはずなのだが……木曾からのそのセリフを聞いた途端、不思議と俺の心に、埋め難い穴のようなものが開いたことを感じた。
「うるせぇ。禁煙中だ」
「ククッ……身体がタバコくせぇぞ徳永」
「今から禁煙なんだよクソ」
「そうかい」
心にもない軽口を叩く。提督さんがビールとコップを出そうとしたが、俺はそれを右手で制止した。
「……提督さん、牛乳もらえるかな」
「わかったよ」
俺は特に牛乳が好きというわけではない。わけではないのだが……
―― これ美味しいんですよ? ポテチには牛乳です
今日は牛乳とポテトチップスを食べなければならない……そんな気がした。きっと木曾も同じ気持ちで、ポテトチップスと牛乳をチョイスしたのだろう。
ほどなくして、俺の前にコップ一杯の牛乳が置かれた。あの小僧がいつも飲んでいた、ごくごく普通の牛乳だ。
「お前もまるゆの真似かよ」
「同じことやってるお前にだけは言われたくねぇ」
「言えてんな」
木曾が、ポテトチップスの大皿を俺の方に動かした。これで俺も、手を伸ばせばこいつのポテトチップスに手が届く。それを一枚手に取り、口に運んだ。
「……」
「……」
木曾も手を伸ばし、ポテトチップスを数枚、口に運んだ。提督さん手作りと思われるポテトチップスは塩味が効いていて、とてもうまい。
そのまま牛乳を煽った。ポテトチップスの強い塩気のせいだろうか。口の中の牛乳はほんのりと甘く
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